2016年03月12日

空前のディスコブーム吹き荒れる1980年、映画と共に大ヒットしたアイリーン・キャラの「フェーム」(Fame)



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日本公開は1980年末の映画「フェーム」で使われ、ディスコブームの最中流行ったアイリーン・キャラの「フェーム」(Fame)。

実はこの映画の監督は、「小さな恋のメロディ」ヲタにはお馴染み!「小さな恋のメロディ」の脚本、原作を書いたイギリス人のアラン・パーカーで、こちら「フェーム」も「小さな恋のメロディ」同様、ある種の学園青春ドラマ。

で、アイリーン・キャラも当時は未だ21才の若者でしたが、子役時代からあちらでは活躍されていたそうで、日本で彼女が決定的な人気を得るのは、この2年後の映画「フラッシュ・ダンス」で主演&歌唱を「フェーム」同様披露してからで、「フラッシュ・ダンス」は洋楽としては異例のオリコン21週連続1位、同オリコンアルバムチャートでも10週連続1位を獲得したほど、何故か?日本人にとても受けた曲で、作曲したのはイタリアの音楽家のジョルジオ・モロダー(作詞にアイリーン・キャラの名もある)。

日本のYMOや小室哲哉氏が、彼からの影響を口にされていた、まあ、シンセサイザーを駆使したユーロビートの巨匠で、当時のディスコファンにはドナ・サマーの楽曲等で有名だった方ですね。

「フラッシュダンス」のジョルジオ・モロダーは1983年にアカデミーを獲得しますが、「フェーム」(Fame)の作曲のマイケル・ゴアも、この年のアカデミー賞の歌曲賞、作曲賞を受賞しております。




posted by 麻呂 at 18:54| ETC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月06日

邦題「ファンク魂」、踊り場からディスコに向かう1975年に放ったクール&ザ・ギャングの Spirit Of The Boogie



本当にほしかったのはこういうブログだったんだ




1980年の空前のディスコブーム時代、「セレブレーション」の大ヒットで当時のディスコフリークに大人気だったクール&ザ・ギャングは、元々は同じくディスコブーム時代大人気だったアース・ウインド&ファイアー同様、ジャズファンク、クロスオーバーバンドで、このへんは彼等のベストアルバムをもってる方なら、その当時の楽曲も入ってるので、よくご存知の筈。

共にあまり売れたジャズファンク、クロスオーバーグループではなかったですが、頭角を表したのはアースウインド&ファイアーと同時期の、ニューファンクムーブメント真っ盛りの1973年頃ですが、踊り場人気は「ファンキー・スタッフ」「ジャングルブギ」の二大ヒットを放ったクール&ザ・ギャングの方が先だったと言えます。

邦題「ファンク魂」=Spirit Of The Boogieは1975年に放った、「ファンキー・スタッフ」「ジャングルブギ」「ハリウッド・スィンギング」に続く、当時は未だ踊り場人気だったとはいえ連続ヒットで、「ハリウッド・スィンギング」で後のディスコヒットを放つ片鱗をのぞかせますが、こちら「ファンク魂」=Spirit Of The Boogieは「ファンキー・スタッフ」「ジャングルブギ」並みの再び、邦題通りの「どファンク」ナンバー。

でも、原題はファンクではなくブギー(笑)。直訳すると「ブギーの精神」、、、。

当サイト運営者、恥ずかしながら当時のこの Boogie の定義がよくわからない。ブギウギではなくブギー。後のテイスト・オブ・ハニーやアースのディスコヒットもブギーってタイトルにつけてますし、ジェフ・ベックのジェフズ・ブギー、Tレックスのボーン・トゥ・ブギー等、ジャンルを越えてブギーは使われておりましたが、、、体感でも理解できても能書き、解説ができませぬ(汗)、、、。





posted by 麻呂 at 22:26| クール&ザギャング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月01日

サウンドがちょっと当時のトロピカル系、ディスコブームの最中、人気だったボニーMの邦題「フレーフレー」(Hooray! Hooray!)。









当サイト運営者(なんだかアバみたいな曲だなー)という印象だった、ボニーMの邦題「フレーフレー」(Hooray! Hooray!)。

空前のディスコブームの渦中、1979年にディスコヒットした曲で、当時の踊り場フリークでボニーMやその楽曲の好き嫌いは個々の好みにして、あのディスコブームでアラベスクとともに、所謂「ミュンヘン」ブームを巻き起こしたのが、このボニーM。

ボニーMは「ミュンヘン」ていうぐらいですから、ドイツのディスコグループなわけですが、メンバーは中南米とアフリカ出身者を集めたグループで、元々はドイツ白人のフランク・ファリアンがスタジオミュージッシャンを集めて作ったダンスミュージックの覆面ユニットみたいな形でスタートしたそうですが(当時のフランス、イタリアではよくあったし、日本でも筒美京平氏が同じ事をやられてた)、レコードが売れだした為!、、、

急遽、肌の黒い男女を集めボニーMというグループを、言葉は悪いですが「でっちあげ」、シンガー役(?)のボビー・ファレルはレコードジャケットにも堂々登場しておりますが、レコーディングには参加せず、ライブも殆ど口パクで、実際に歌っていたのはフランク・ファリアンだったとか、、、。

まあ、そんなこんなの経緯のせいか?ボニーMは、普通の当時の「ディスコのコ」達には想い出深い、懐かしいグループなわけですが、いまいちコアなファンキーミュージック、ブラックミュージック好きの方には評価の低いグループなわけですが、そういう裏事情なんて踊ってるのが楽しい、ディスコが面白かった人達には、関係ないですからね(笑)。

ボニーMは相当なヒット曲を放っておりますし、こちら邦題「フレーフレー」(Hooray! Hooray!)のYouTube再生回数はもの凄い数ですから、世界中の人達が観てるんだと思いますから、やっぱり多くの人に好まれ売れた曲、グループって凄い事なんだなーと、痛感する次第でございます。

ちなみにボビー・ファレルは数年前、ツアー中の旅先でお亡くなりになったそうですね。ご冥福をお祈りいたします。





posted by 麻呂 at 15:42| 欧州 ディスコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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