2013年05月12日

1980年前後の空前のディスコブーム期、かなりの人気グループだったボニーM バビロンの河





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1980年前後の空前のディスコブームに、見事に!乗ったシンガー、グループと、それ以前の踊り場、R&B、ニューソウル、ニューファンクの時代に、とても人気者だったのに、「軒を貸して母屋をとられる」ではないですが、ディスコブームの頃には影が薄くなっていたシンガー、グループがいたのが70年代なわけで、こちらドイツのボニーMは前者であり、空前のディスコブームの時代、モロに!はまったグループであり、80年前後のディスコブームに、ディスコ通いされてた方々には、思い入れ深いグループだと思われます。

ボニーMはドイツ人のフランク・ファリアンが、中南米とアフリカ出身の「黒い」メンバーを集めた、まあ、ドイツ版の企画グループであり、ディスコ=アフリカンアメリカンのR&B、ニューソウル、ニューファンクが基本ですので、特に当時の日本人に北米のアフリカンアメリカンも、中南米、アフリカ出身の欧州人も区別などつきませんから(笑)、人気者になっておりました。





ラベル:バビロンの河
posted by 麻呂 at 17:37| 欧州 ディスコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月08日

スペイン出身の女性デュオのデビュー曲だった誘惑のブギー / バカラ. Yes Sir, I can Boogie BACCARA





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なんじゃ?こりゃ?とイントロを聴いて、別のサイトにいかないように(笑)。サビになれば「あー!聴いた事ある」と、1977~78年頃、ディスコに行ってた人なら聴き覚えのある曲ですので。

当サイトでも幾度とご紹介しておりますが、1970年代半ばから空前のディスコブームを迎える1980年前後、北米アフリカンアメリカンのR&B、ニューソウル、ニューファンクよりも、欧州勢のディスコサウンド、或いは北米アフリカンアメリカンを起用していても欧州圏の音楽家のプロデュースによるディスコサウンドが、欧米、日本で案外ウケていた、売れていたわけで、よって!1980年前後の空前のディスコブームの時代にディスコフリークだった若者達、必ずしも!北米アフリカンアメリカンのR&B、ソウル、ファンクファンではないわけであります。

というわけで、70年代後半、その手の欧州圏絡みのディスコで流行った楽曲を、何でもミュンヘンだ〜新宿系だ〜と、当時も昨今も一括りにされがちですが(当サイト運営者、新宿者につき、この言い回し!大いに不愉快であり!(笑)クレームありですが(爆))、こちらの「誘惑のブギー」(Yes Sir, I can Boogie )は1977年、何と!スペイン出身の女性デュオのデビュー曲であり、欧州中心に世界的に大ヒットした楽曲。日本でも、ディスコブームのとっかかりの時代。それなりにディスコで使われ好まれておりました。

しかし、、、この空前の世界的なディスコブームに流れる、流れた時代の「ディスコ」の世界、ディスコサウンドは、それ以前のプロレスの力道山、豊登、G馬場、A猪木の日本プロレス時代の「ワールドリーグ戦」のよう(笑)。本家!北米アフリカンアメリカンと欧州勢、そして日本。一攫千金のディスコマーケットを狙う、壮大な!バトルが繰り広げられておりました。






posted by 麻呂 at 16:56| 欧州 ディスコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月21日

ボビー・ヘブのR&BナンバーをディスコサウンドにかえヒットさせたボニーM/Sunny サニー





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こちらもコアな北米アフロアメリカンR&B、ニューソウル、ニューファンクファンには、お叱りを受けやすいグループの代表(笑)、ドイツ出身のディスコグループ、所謂「ミュンヘン」のボニーM。

1976年、日本のディスコシーンでもヒットした、こちらサニー(Sunny)はジャズでもカヴァーする方の多い曲で、大元は1966年、ボビー・ヘブが放ったビッグヒットのリメイク。バナナラマの「悲しき願い」がアニマルズのリメイク、ボーイズタウンギャングの「君の瞳に恋してる」がフランキー・ヴァリのリメイク同様、サニー(Sunny)もボニーMのオリジナルと勘違いされてる方が多い、それほど!他のリメイクディスコヒット同様、ボニーMでも大ヒットしたナンバー。



当サイトでも何度も言及しておりますが、80年代のユーロビートがディスコブームの主流になる以前の1970年代後半から、既に踊り場、ディスコは欧州、イギリス、フランス、ドイツ勢のヒット曲が目につきだしており、こちらボニーMもその代表。

ドイツのフランク・ファリアンというR&R、R&Bに感化されたミュージッシャンが、スタジオミュージッシャンを集めた架空のグループがボニーMの元であり、この当時の欧州勢のこの手のやり方は、「セクシーバスストップ」でお馴染み、日本の筒美京平氏のドラゴン・エクスプレスと同じ手法であり、ドイツ人である自分が表面にでるのは、基本、踊り場、ディスコ産業はブラックミュージックですから商業的によくないと思ったのか?、フランク・ファリアンは中南米とアフリカ出身の「黒人」をスカウトし、フロントにたたせたわけで、やり方としては60年代後半のザ・モンキーズに似てなくもないわけです。

まあ、そんなこんなのグループの経緯もあり、欧州と日本ではボニーMはとても売れましたが、本丸!アメリカでは売れなかったのと、当時はヴィレッジ・ピープルに匹敵する奇抜な衣装や「怪僧ラスプーチン」なるキワモノのヒット曲も災いし、B級ディスコグループの印象は今なお拭い去れませんが、リアルタイム、実際にディスコで皆が踊ってたナンバーって「このへんだったでしょ?この手の曲、本当は大好きだったでしょ?」という事で、アップいたしました。





ラベル:ボニーM サニー
posted by 麻呂 at 18:23| 欧州 ディスコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ぴかぴか(新しい)こちらもおススメでするんるん
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