2015年01月19日

1978年「ハロー・ミスター・モンキー」の大ヒットに続く、アラベスクの第二弾シングル!「フライデーナイト」









1978年、映画「サタディ・ナイト・フィーバー」とそのサウンドトラック、ビージーズ大ブレイクによって降ってわいた空前の世界的なディスコブームの最中、「ハロー・ミスター・モンキー」の大ヒットを放った西ドイツ(当時)のアラベスク。

その勢いに乗って発売され、こちらも当時のディスコで大人気だった!第二弾シングルがこちら「フライデー・ナイト」(Friday Night )。

で、当サイト運営者、個人的にアラベスクとかボニーMとかジンギスカンとか、当時のディスコで流行ったグループ、楽曲、思い入れがあるわけではありませんし、北米のR&B、ニューソウル、ニューファンクに比べると愛着も希薄なのですが、それよりなにより、何事においても私的に大嫌いな事の1つが、後追いの「歴史修正」の虚(笑)。

なので、率直に素直に!当時のディスコブームはこんな感じだったと、リアルタイムを知らない層や、リアルタイム踊りに行った事のない人達に伝えられればと思い、実際に当時流行りまくっていた当時の若者が踊りまくっていた「ディスコサウンド」も、R&Bやニューソウルやニューファンクと一緒に紹介している次第であります。

良くも悪くも北米R&B、ニューソウル、ニューファンクの勢いがやや弱まってきた時に、実は空前のディスコブームは巻き起こっており、実際のブームど真ん中の主役はイギリス出身のビージーズ、スウェーデンのアバ、西ドイツのボニーM、シルヴァー・コンヴェイション、ジンギスカン、そしてこちらのアラベスク。フランスのバンザイ、はたまたイタリア人のジョルジョ・モロダーが手がけた北米のドナ・サマー、フランス人のジャック・モラリが手がけた同じく北米のヴィレッジ・ピープルだったりするわけで、欧州圏勢が圧倒的に強かったムーブメントだったのは否めません。

まあ、北米でもアース・ウインド&ファイアーの「ブギー・ワンダー・ランド」や「レッツ・グルーヴ」、クール&ザ・ギャングの「セレブレーション」、当時デビューしたばかりのシックの「おしゃれフリーク」など大ヒットしましたし人気でしたが、結果的にアメリカのディスコブームというのは80年代になると急速に終焉にむかい(まるで60年代後半の、日本のグループサウンズブームのよう)、かわって未だ未だディスコブームが継続してた日本では、80年代後半から欧州のユーロビートがディスコの主役になったわけですが、案外、既にその「欧州圏の作るサウンド好き」の兆候は、1980年前後の空前のディスコブームから日本はあったと言えるわけであります。

posted by 麻呂 at 07:34| 欧州 ディスコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月18日

空前のディスコブーム最中の人気曲だった 恋にメリーゴーランド/アラベスク In For A Penny In For A Pound



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昨今の70's,80'sと謳ってるダンクライベントでも、DJに敬遠されがちなアラベスク(笑)。

でも!現実の1980年前後の空前のディスコブームって、今のダンクライベントでDJが好んでかけてるファンク、ソウルとはちょっと違ったので、リアルタイムを知らない20~40代の皆様、錯覚してはいけません(笑)。

当サイトで再三再四ほざいておりますが、1960年代後半からR&Bは、当時の都市部の不良やとっぽい連中に支持されており、既にグループサウンズブームの頃から多くの日本のグループサウンズもR&Bをとりあげておりましたが、一般的にはそれほどの人気はなく、これは1970年代初頭、アメリカで大ブレイクしたニューソウル、ニューファンクもしかりで、これらを支持していたのは、相当コアで!しかも「変わり者」のブラックミュージックマニアか?(一般的なブラックミュージックファンは、それ以前のR&Bやブルース、ジャズに傾倒していたから)踊り場に出入りしていた不良、とっぽい連中ぐらいなもので、一般的には日本では殆ど受け入れられていなかったアメリカのムーブメントでした。

でも!アメリカのビルボードチャートでは、当時ニューソウル、ニューファンクは大ブレイクしており、フランス、西ドイツ(当時)、そしてイタリアと欧州圏の音楽家達が、このマーケットを狙って、続々と所謂「ディスコミュージック」を創作していくんですね〜。

おそらく!同じく欧州圏、イギリスはスコットランド出身のアヴェレージ・ホワイト・バンドが、1975年に「ピック・アップ・ザ・ピーセズ」を、イギリス出身ファンクバンドとして初めて!全米ビルボードチャート1位に輝かせた事が、強く影響してると当サイト運営者は思っております。



西ドイツの実業家ヴォルフガング・メーヴェスは、自国のボニーMが世界の踊り場、ディスコシーンで人気を得ているのに触発され、自らも音楽プロジェクトチームを立ち上げ「一儲けしよう」「一山当てよう」と目論むわけで、そこで誕生したのがこちらアラベスク。

まあ、ヴォルフガング・メーヴェスとアラベスクの発想は、今の秋元康氏とAKB、もう少し前のツンク氏とモーニング娘、もっと前のおニャン子クラブ、当時で言えばキャンディーズやピンクレディと同じだと思えば間違いないですし、これら「ビジネスモデル」は北米のコアなR&B、ソウルファンからお叱りを受けるかもしれませんが、モータウンレコードのベリー・ゴーディJr.とシュープリームス他女性コーラスグループが、その先駆けだったと言えます。

1978年。映画「サタディ・ナイト・フィーバー」とそのサウンドトラック、ビージーズの爆発的な大ヒットによって、世界的な空前のディスコブームが巻き起こってた最中。西ドイツのヴォルフガング・メーヴェスは、アラベスクというグループの「ハロー・ミスター・モンキー」を世界に配信。日本でも大ヒットを記録(西ドイツでは売れなかったとか)。

まあ、他の欧州圏のディスコヒットがそうであったように、ご多分にもれず日本でもシングル「ハロー・ミスター・モンキー」のジャケットはイラスト(笑)。何処のどなたが歌ってるのか、バンドなんかだかコーラスグループなんだか当時はよくわからなかったわけですが、このヒットによって音楽プロデューサーもアラベスクという3人組の女性グループのメンバーも確固たるものになったようで(汗)、ディスコブームのピークとも言えなくもない1980年前後には、1979年に新加入した当時17歳だったサンドラ・アン・ラウアーをメインに、レコードジャケットも3人の西ドイツの女の子バンドとわかるソレになり、アラベスクは日本のディスコブームで、かなりの!人気を得ていました。

リアルタイム当時、当サイト運営者も知り合いの少し年下の女のコ達(当時。笑)、野郎の後輩達など、普通にアラベスクを好んでいて、こちら1981年のヒット曲「恋にメリーゴーランド」(In For A Penny In For A Pound)も、普通に好まれていました。

だから、昨今のダンクライベントが当時のリアルディスコブームの再現とは、リアルタイムを知らない層は間違っても思わない方が良いです。か〜なり実際は違いますから(笑)。

posted by 麻呂 at 09:51| 欧州 ディスコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月13日

バンザイ ビバ・アメリカ バンザイはフランスのスタジオミュージッシャン達が作ったディスコバンドだった





「ビバ・ヤング」なんてー踊り場が新宿の南口に昔ありました(笑)。又、ニッポン放送の深夜番組「オールナイト・ニッポン」も「ビバ・ヤング」を謳い文句にしてましたが、今やこの「ビバ」とか「ヤング」って、かなりダッサーイ響きに若い人は感じるでしょうね(笑)。

で、そのダッサーイ「ビバ」、当時はフランスでも流行ってたようで(笑)、こちらフランスのスタジオミュージッシャンが集まって作ったらしいバンザイってなグループが、1976年に放った踊り場ヒット「ビバ・アメリカ」(VIVA AMERICA)。

当サイト運営者、個人的にはこの曲は今はなき新宿厚生年金会館傍、Qビル地下にあった元祖オカマディスコ「ブラックボックス」で、やたらと白人達が異常な盛り上がりで踊ってたのを思い出す曲。とにかくハイテンション、特に♪あーびば あめりか〜 んトコの盛り上がりったら、頭いっちゃってんじゃねーかってノリの、凄い白人達だったなー。

今頃皆さん、何処で何してるのやら。

当時の踊り場用の(としか思えない)シングルレコードのジャケットは、そのグループが正体不明のイラストやセクシーな女性だったり女の人達だったりしたもので、こちらバンザイの「ビバ・アメリカ」(VIVA AMERICA)もご多分にもれず、白人黒人の女性達6人がストッキングにタンクトップ(当時の表現だとランニングか?)姿のもので、バンザイというフランスのスタジオミュージッシャン達は、まったく顔出ししてない(笑)。

Les Claudettes という人が歌ってるのでっしょうかね?、、、↓こちらはシングルジャケットの女性達が、ビキニ姿にブーツでひたすら踊ってる、あちらのテレビ番組か何かでしょうか?。



Les Claudettesという人や、この6人の女性達が何人なのか?当サイト運営者には残念ながらわかりません。でも、メイドインフランスの楽曲。

まあ、この2年後に世界的な空前のディスコブームがやってくるわけですが、当サイト運営者もこのサイトをやりだしてから色々調べたら、ディスコブームの最中のイギリスのビージーズやスウェーデンのアバしかりですが、それ以前から既にフランスやドイツ、そしてイタリアの音楽家達が「ディスコミュージック」というマーケットに相当!くいこんでいたのがわかります。

posted by 麻呂 at 19:10| 欧州 ディスコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ぴかぴか(新しい)こちらもおススメでするんるん
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