2016年03月01日

サウンドがちょっと当時のトロピカル系、ディスコブームの最中、人気だったボニーMの邦題「フレーフレー」(Hooray! Hooray!)。









当サイト運営者(なんだかアバみたいな曲だなー)という印象だった、ボニーMの邦題「フレーフレー」(Hooray! Hooray!)。

空前のディスコブームの渦中、1979年にディスコヒットした曲で、当時の踊り場フリークでボニーMやその楽曲の好き嫌いは個々の好みにして、あのディスコブームでアラベスクとともに、所謂「ミュンヘン」ブームを巻き起こしたのが、このボニーM。

ボニーMは「ミュンヘン」ていうぐらいですから、ドイツのディスコグループなわけですが、メンバーは中南米とアフリカ出身者を集めたグループで、元々はドイツ白人のフランク・ファリアンがスタジオミュージッシャンを集めて作ったダンスミュージックの覆面ユニットみたいな形でスタートしたそうですが(当時のフランス、イタリアではよくあったし、日本でも筒美京平氏が同じ事をやられてた)、レコードが売れだした為!、、、

急遽、肌の黒い男女を集めボニーMというグループを、言葉は悪いですが「でっちあげ」、シンガー役(?)のボビー・ファレルはレコードジャケットにも堂々登場しておりますが、レコーディングには参加せず、ライブも殆ど口パクで、実際に歌っていたのはフランク・ファリアンだったとか、、、。

まあ、そんなこんなの経緯のせいか?ボニーMは、普通の当時の「ディスコのコ」達には想い出深い、懐かしいグループなわけですが、いまいちコアなファンキーミュージック、ブラックミュージック好きの方には評価の低いグループなわけですが、そういう裏事情なんて踊ってるのが楽しい、ディスコが面白かった人達には、関係ないですからね(笑)。

ボニーMは相当なヒット曲を放っておりますし、こちら邦題「フレーフレー」(Hooray! Hooray!)のYouTube再生回数はもの凄い数ですから、世界中の人達が観てるんだと思いますから、やっぱり多くの人に好まれ売れた曲、グループって凄い事なんだなーと、痛感する次第でございます。

ちなみにボビー・ファレルは数年前、ツアー中の旅先でお亡くなりになったそうですね。ご冥福をお祈りいたします。





posted by 麻呂 at 15:42| 欧州 ディスコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月23日

ソ連モスクワ五輪開催1年前に発表された、西ドイツのジンギスカンの「目指せモスクワ」



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東西冷静、米ソ冷戦下の1980年、共産国では初の!オリンピック開催になった、ソ連はモスクワのオリンピック開催の1年前に発表された、西ドイツ(当時)のディスコグループ、ジンギスカンが放ったディスコヒット!「めざせモスクワ」(Moskau )。

まあ、このへんの当時の東側、ソ連の「東ドイツ」と、西側、アメリカ寄りの「西ドイツ」の話しになると、やたらと話しが固くなるのでやめますが、今もアメリカが軍事侵攻しても解決の糸口も見つからない感じのアフガニスタンに、当時ソ連の軍隊が侵攻した事に端を発し、アメリカを筆頭にアメリカの保護領、属国の日本含め、西側諸国の「モスクワオリンピックボイコット」なんて事件があったの、今の若い人は知らないでしょうが、初老中高年なら、政治にそれほど詳しくなくても、記憶にあると思います。

なんとなーく、そんな政治的な国際問題が起こる1年前、当時の空前の!ディスコブーム吹き荒れてた日本の、ディスコのコ達に、とても人気の高かったグループが、こちらジンギスカン。



ジンギスカンは西ドイツの音楽プロデューサー、ラルフ・ジーゲルと経済学者であったベルント・マイヌンガーが、アメリカを中心に世界で広まっていたディスコブームに目をつけ、自国西ドイツのボニーMの商業的大成功に影響され楽曲を作って、その楽曲でコンテストに参加する為、1979年にあとからメンバーを集め結成された、当時の欧州圏のディスコグループに「ありがちな!」典型的な企画ものグループ。

で!、西ドイツ(当時)はアメリカ陣営の西側って事で、日本同様、ソ連のモスクワ五輪をボイコットしたのに、こちらの西ドイツの企画ものディスコグループ!ジンギスカンは何と!!「目指せモスクワ」の大ヒットの影響で、ソ連モスクワ五輪に招待されており、私達日本人のイメージするドイツ人と、こちらジンギスカンの「おばかぶり」「はちゃめちゃぶり」は全く異なるの同様(後の日本の米米クラブは影響受けたのかな?)、旧ソ連やロシア人にも、日本人なりの勝手なイメージがあるので、ロシア人もそんな酔狂なトコがあったんだなーと、ちょっとばかり当サイト運営者、驚いてる次第。

posted by 麻呂 at 00:04| 欧州 ディスコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月22日

東西冷戦下の摩訶不思議な西ドイツのディスコサウンド! 怪僧ラスプーチン - ボニーM Rasputin - Boney M



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ラスプーチンて、その昔の帝政ロシア末期の祈祷僧で、この方、1995年のオウム真理教による「地下鉄サリン事件」の首謀者の麻原彰晃にとても近い「怪しい」人で(汗)、このへん興味ある方はネットで「ラスプーチン」でぐぐって調べてみると良いと思いますが、この曲が流行ったディスコブーム頃の当時は、世界は米ソ冷戦、東西冷戦下。

アメリカを横綱にする西側の西ドイツのボニーMが、当時の東側の横綱だったソ連、ソ連以前の帝政ロシアの「怪しい」怪僧ラスプーチンをテーマにし、ディスコサウンドにしてたというのは、かなり興味深い出来事なんですね。

勿論、当時の日本の何にも!考えてない(笑)ノー天気な若者達、そんな事知る術もないわけですが、まあ、第一次世界大戦敗北のリベンジにヒットラーナチスドイツを神輿に担いで立ち上がるも、結局、第二次世界大戦も負けてしまい、国家が2つに分断してしまったドイツ(今は統一)。

そんな分断された西側、当時の西ドイツのボニーMが1978年の空前の!世界的なディスコブーム期に放ったディスコヒット!「怪僧ラスプーチン」(Rasputin)は、かなり変わった曲だったと言えますし、この「怪僧ラスプーチン」(Rasputin)のヒットに影響をうけ、後発の同じく西ドイツのジンギスカンがデビューしてるのは、コアなB級ディスコサウンドファンなら「釈迦に説法」と思われます。





まあ、日本の教科書の歴史の中では、日清戦争の三国干渉でフランスと共に、ドイツとロシアが日本に圧力をかけてきた国って事で馴染みがありますが(当時は仲良く極東アジアの黄色人種、日本人を威嚇してる)、ドイツとロシア(当時のソ連)の極東アジアの日本人にはわかりずらい、ながーい複雑怪奇な歴史関係同様、こちらボニーMも不思議なグループで、ボニーMなるグループを作ったドイツ人ミュージシャン、フランク・ファリアンが、北米のアフリカンアメリカンではなく、中南米とアフリカ出身の「黒人たち」を集めたグループで、フランク・ファリアンはレコードジャケット等で登場する事はありません(多分、ステージも)。

レコードジャケットの黒人男性、ボビー・ファレルはフランク・ファリアンのある種の「影武者」で、口パクダンサー。歌&サウンドはフィアリアンとドイツのスタジオミュージッシャン達が作っていたグループ。

日本の筒美京平先生の覆面ディスコグループ、ドラゴンエクスプレスが、筒美氏とスタジオミュージッシャン達で作られていた架空のグループなのと、このへんよく似てますし、ドラゴンエクスプレスなるグループがメディアに露出する事はありませんでしたが、ドラゴンエクスプレスなる架空のグループのヒット曲「セクシー・バスストップ」を、アイドル歌手だった浅野ゆう子さん、シェリーさんが歌入りでメディアで披露していたのと、ボニーMの方法論は似てたと思います(フランスのバンザイ、同じく西ドイツのジンギスカン、シルバー・コンヴェイション等も同じ)。

posted by 麻呂 at 00:16| 欧州 ディスコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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