2016年02月28日

ウーマン・ニーズ・ラブの大ヒットの前、ブームの最中の1980年にレイパーカー・Jr.が放ったディスコヒット!パーティー・ナウ=IT'S TIME TO PARTY NOW









ファンク系サウンド&リズムギターを好む人には、当時も今も高い人気を誇ってるギタリストでありシンガーのレイ・パーカーJr.は、二十歳前後からバリー・ホワイトのラブ・アンリミテッド・オーケストラ、そしてチャカ・カーン、スティービー・ワンダーのセッションに参加し腕を磨き、その人ありと業界中で定評を作った方で、こちら「パーティー・ナウ」=IT'S TIME TO PARTY NOWは、空前のディスコブームがアメリカ、イギリス、そして日本と世界中で吹き荒れていた1980年に、レイ・パーカーJr.&レイディオ名義で放ったディスコヒット。

レイ・パーカーJr.は、この翌1981年に放った「ウーマン・ニーズ・ラブ」の大ヒットで一般的に広くしられるようになりますが、当時のディスコブームは、アバやビージーズなどの白人勢は勿論、それまではかなり独特なファンキーな臭いをかもしだしてたアフリカンアメリカン、肌の色の黒いファンク系の人達も、シックやアース・ウインド&ザ・ファイヤー、クール&ザ・ギャング等はじめ、踊りやすくポップでキャッチーな曲をヒットさせており、レイ・パーカーJr.もそんな一人でした。

こちら「パーティー・ナウ」=IT'S TIME TO PARTY NOWは、昨今もダンクライベントで、とても好まれ需要があるので、DJさんがよく使ってる、とても盛り上がる1曲ですね。

近年は当時、クロスオーバー、フュージョンブームでもあった、そっち側の人気者だったジョー・サンプルのサポートギタリスト(彼のリズムギターは昔から定評がある)、そしてシンガーとしてレイ・パーカーJr.は活躍されてるようですね。





posted by 麻呂 at 20:07| アメリカ ファンク R&B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月03日

1976年「ミスター・メロディ」が日本でも大ヒットしたナタリー・コールが、昨年末お亡くなりになりました









かの有名な!ナット・キング・コールの実娘で、1976年に初来日し「東京音楽祭」でグランプリを受賞したナタリー・コールが昨年末の2015年12月31日、ロサンゼルスで心臓疾患などのため死去されました。65歳没。

彼女の「ミスター・メロディ」(Mr. Melody)は、当時の踊り場、ディスコに通ってた、黒人音楽好きの「とっぽい連中」じゃない、普通の洋楽好き、ポップス好きの人達にも幅広く好まれたので、2016年現在、50代後半から60年代初頭の方なら、聴き覚えのある方、とても多いと思います。

心よりご冥福をお祈りいたします。



posted by 麻呂 at 18:11| アメリカ ファンク R&B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月31日

「アイ・キャント・ハヴ・ユー」(If I Can't Have You)のイヴォンヌ・エリマンは、エリック・クラプトンのバックコーラスをやってた女性



50代、やりがいのある仕事で独立<アントレnet>




世界的な空前のディスコブームを巻き起こすきっかけになった、1977年の映画「サタディ・ナイト・フィーヴァー」(日本公開は1978年)のサウンドトラックに収録されていた、こちらビージーズが曲を提供したイヴォンヌ・エリマンの「アイ・キャント・ハヴ・ユー」(If I Can't Have You)は、1978年シングルカットされ、ディスコブーム真っ盛りに全米ビルボードチャート1位を獲得。

この時代にディスコ通いされてた方には、ビージーズの一連のヒット曲同様、とても馴染みのある懐かしい曲だと思われます。

で!このイヴォンヌ・エリマン、この数年前にエリック・クラプトンが同じく全米1位を獲得した(自身初)、ボブ・マーリーのカヴァー「アイ・ショット・ザ・シェリフ」のコーラスに参加していた方で、その顔立ちでもわかる通り、日系人の母親とアイルランド系アメリカ人の間にハワイで生まれてるアメリカ人。





学生時代のハワイでの音楽活動を経て、ジミ・ヘンドリックスやストレイ・キャッツ同様、アメリカ本土ではなく何故か?イヴォンヌ・エリマンはイギリスに渡っており、ミュージカル「ジーザス・クライスト・スーパースター」に出演後、イギリス人のエリック・クラプトンのバックコーラスに参加。約5年間、クラプトンバンドでバックコーラス(彼女のソロコーナーもクラプトンのライブはあった)をつとめつつ、ソロ活動も行い、ソロレコードもビルボードチャートトップ20入りは果たしていました。

まあ、そんなこんなで「アイ・キャント・ハヴ・ユー」(If I Can't Have You)で、目出たく!ソロ歌手としてもイヴォンヌ・エリマンは全米ビルボードチャート1位を獲得したわけですが、曲を提供したギブ三兄弟も元はエリック・クラプトン同様イギリス人。

若きイヴォンヌ・エリマンが、ハワイからアメリカ本土ではなくイギリスに渡ったのは、このアメリカ凱旋を思うと、間違いなく!正解だったと言えますね♪。

posted by 麻呂 at 00:00| アメリカ ファンク R&B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ぴかぴか(新しい)こちらもおススメでするんるん