2015年01月26日

ミラクルズを脱退したスモーキー・ロビンソンの、セカンドソロアルバムからのシングルカット「バージンマン」



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1972年、ミラクルズを脱退しソロ活動に入った、ソングライターでもありモータウンレコードの副社長でもあったスモーキー・ロビンソンの、1974年のソロアルバム第二弾「PURE SMOKEY」からのシングルヒット、「バージンマン」(VIRGIN MAN)。

当時のニューソウル、マーヴィン・ゲイやカーティス・メイフィールドの一連のサウンドを意識してるかのような、ミディアムテンポながらグルーヴィーでセクシーなサウンド&歌唱の、当サイト運営者、スモーキー・ロビンソンの作品の中では一番好きなナンバーが、こちら「バージンマン」(VIRGIN MAN)。

ミラクルズは彼の変わりにビリー・グリフィンをリードシンガーに迎え、「バージンマン」(VIRGIN MAN)と同じようなサウンド路線の「ドゥ・イット・ベイビー」「ドント・チャ・ラヴ・イット」、そして「双子座の人」を当時の日本の踊り場で、そこそこヒットさせ(一般的な洋楽ポップスチャートで売れてた気配はなかった)、そして空前のディスコブーム前夜とでも申しましょうか1976年、ビリー・グリフィンも曲作りに加わってる「ラヴ・マシーン」が、見事!全米ビルボードチャート1位を獲得。

日本の踊り場、ディスコでも当時この曲は絶大な人気を得ておりましたし、昨今のダンクライベントでも、ミラクルズといえばこの曲ってなぐらい、よく知られ愛されてる曲ですが、案外、「ドゥ・イット・ベイビー」「ドント・チャ・ラヴ・イット」や、ミラクルズを脱退したスモーキー・ロビンソンのこちら「バージンマン」(VIRGIN MAN)は、知られてなかったりします(当時のヒット状況が違ったし)。



で、ミラクルズは空前のディスコブームの最中とも言える1978年には活動を休止しており、スモーキー・ロビンソンも、他の多くのそれ以前の踊り場で人気だった、R&B、ニューソウル、ニューファンクムーブメントを支えてきたシンガー、グループ同様、空前のディスコブーム期は、アルバムは発表すれども、ディスコブーム向きなヒットシングルがなかったせいか、殆どその恩恵は受けてなかったです。

よってミラクルズ=「ラヴ・マシーン」。スモーキー・ロビンソンて誰?みたいな、1980年前後のディスコブーム時代にディスコ通いをしてた、2015年、推定50才前後の方に、たまに出会いますが(笑)、スモーキー・ロビンソンを知らずしてモータウンレコードは語れず、ブラックミュージックの歴史は語れずと思うので、それほどリアルタイム当時、踊り場でがんがん!使われてた曲ではなかったですが、こちら「バージンマン」(VIRGIN MAN)、アップさせていただきました。

posted by 麻呂 at 00:00| ミラクルズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月15日

ラブ・マシーンで大ブレイク前の、知る人ぞ知るミラクルズ「ドント・チャ・ラブ・イット」 MIRACLES / DON'T CHA LOVE IT



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全米ビルボードチャート入りしたのが1975年1月ですから、おそらくその1~2ヶ月後ぐらいに当時の日本の踊り場でも、スマッシュヒットした曲だと思われますが、ミラクルズといって「ドント・チャ・ラブ・イット」(DON'T CHA LOVE IT )や「ドウ・イット・ベイビー」が「せつない」と感じる2015年現在、還暦前後の方は、当時の踊り場でかなりぶいぶい言わせてた人だと、若い人は思って間違いありません(笑)。

まあ、ミラクルズに限らず、1980年前後の空前のディスコブーム以前、1970年代前半から半ば頃まで、当時の日本ではR&B、ニューソウル、ニューファンクはそれほど一般的にはヒットしておりませんでしたし認知度も低く、「ドント・チャ・ラブ・イット」(DON'T CHA LOVE IT )も一般的には爆発的にヒットせず、多くの当時の曲がそうであるように、踊り場人気の、極めてアンダーグラウンドなヒット状況だったからであります。

ファンには釈迦に説法の、ザ・ビートルズカバーの「ユーヴ・リアリー・ゴット・ア・ホールド・オン・ミー」のオリジナルで有名なミラクルズですし、ザ・ローリング・ストーンズも彼等の「ゴーイング・トゥ・ア・ゴー・ゴー」をカバーしてるのでロックファンにもミラクルズは有名ですが、一般的に70年代の踊り場、ディスコファン、ダンクラファンには「ラブ・マシーン」が有名だと思われます。

その「ラブ・マシーン」の1976年の大ヒット(全米ビルボードチャート1位)の直前、ミラクルズの顔であったリードシンガー、当時のモータウンレコード副社長!スモーキー・ロビンソンが1972年にグループから離れソロ活動に専念。新生ミラクルズが新たにビリー・グリフィンをリードシンガーに迎え活動しだし、スモーキー・ロビンソン抜きのミラクルズが、徐々に認知度を高めていったのが、こちら「ドント・チャ・ラブ・イット」(DON'T CHA LOVE IT )や「ドウ・イット・ベイビー」「双子座の人」だったわけで、その勢いにのって遂に!スモーキー・ロビンソン抜きでもミラクルズは、「ラブ・マシーン」で全米1位を獲得。

「ラブ・マシーン」が踊り場、ディスコで流行った1976年は、来るべき空前のディスコブームの序章とも言える時代に突入していたので、ミラクルズといえば!「ラブ・マシーン」が定番ですが、1974~75年に踊り場、ディスコに出入りしていた層、当時の日本ではかなりコアだった筈のソウルファンには、このへんのミラクルズの曲、相当!「せつない」と思われます。



posted by 麻呂 at 20:06| ミラクルズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月06日

スモーキー・ロビンソンが抜けた後の踊り場のみのヒットだった ドゥ・イット・ベイビー ミラクルズ DO IT BABY, MIRACLES





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作曲家でもありモータウン・レコード副社長のスモーキー・ロビンソンがソロ活動に入り、グループを抜けて代わりに入った、ファルセットボイスのビリー・グリフィンの最初の、わりとアメリカでは大きなヒット曲だったのが、1974年発表、こちら「ドゥ・イット・ベイビー」(DO IT BABY)でした。

まあ、この数年後のAORとかフュージョンとか日本のニューミュージックは、だいたいこの当時のニューソウル、ニューファンクのグルーヴ、サウンドメイキングを、良く言えば踏襲していたわけですが、特にここ10数年で当サイト運営者が体感してるのは、安室奈美恵さん等の小室哲哉サウンドで子供時代を過ごし、和製R&Bブーム時代に思春期時代を過ごしたであろう今の30代の方の方が、リアルタイム空前の和製ふぉーくブーム、アイドルブームに若者だった50代の層より、この当時や60年代のR&B、もっと古いブルース(ジャズも)等、詳しい方が多い。

面白い現象が起きてるなーなんて、感じております。

リアルタイム、踊り場フリークだった、とっぽい連中、つっぱり坊やズべ公には、こちらミラクルズの「ドゥ・イット・ベイビー」(DO IT BABY)は人気曲だったわりに、「踊りずらい」のでしょうか?あまり踊り場で、がんがんに使われていたという記憶が、当サイト運営者は残念ながらなく(使われてはおりましたが)、昨今のダンクライベントでも、あまり聴いた事がないわけで、私的な想い出では当時、少し年上の先輩方のシャコタンの車内の中で、弁当箱のようにでかい!8トラックのカーステレオテープから流れてたのを、思いだす曲であります(笑)。

ちなみにこの翌75年!今もダンクラファンに人気の高い「ラブマシーン」が発表され、76年、日本の踊り場、ディスコで人気になったわけですね。







posted by 麻呂 at 17:11| ミラクルズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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