2013年04月12日

この曲が当時の踊り場で使われたって知ってる初老中高年は、かなり若い頃ヤバかったタイプだね(笑) 気ままなジーナ 松尾ジーナ





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笑うなかれ(笑)、、、リアルタイム、ボンタンにハイネック、アイパー、ニグロパーマの、こわーい顔したツッパリ坊も、普通に踊ってた曲ですので。B面の「背中見せないで」しかり、、、。

1971年発表の楽曲のようですし、所謂トップ10に入るような大ヒット曲でもなかったわりに、1973年頃の踊り場では、わりと頻繁に使われておりました。何故なのでしょう?当時のDJさんに松尾ジーナさんファン、松尾ジーナさん好きな方がいらしたのでしょうか?、、、。

B面の「背中見せないで」もしかりですが、独特のステップがあり(誰が最初に考案したのでしょう?)、思えば、、、わりと昨今のダンクライベントでも盛り上がる1曲ですが、タバレスの「愛のディスコチック」(it only takes a minute a Music video)の、前後に歩くように進むステップに「気ままなジーナ」のステップは似てたような、微かな記憶がありまする、、、。

エンディングが一連の60年代の、クレイジーキャッツの楽曲みたいな終わり方ですね(笑)。



ラベル:松尾ジーナ
posted by 麻呂 at 17:45| 和もの 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月21日

実は和製ディスコだった クラップ・ユア・ハンド / ファンキー・ビューロー Clap Your Hands Together Funky Bureau





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1970年前後のR&B、ニューロックのゴーゴーから、70年代初頭のニューソウル、ニューファンク時代の踊り場を経由し、1975年前後には、その後の1980年前後の空前の!ディスコブーム吹き荒れる、所謂「ディスコサウンド」が主流になるディスコの時代にさしかかったわけで、こちらジャマイカ人の黒人男性をボーカルにした日本製のディスコサウンド、ファンキー・ビューローの「クラップ・ユア・ハンド」(Clap Your Hands Together)が流行ったのが1976年。

当時の和製ディスコサウンドでは、筒美京平氏のドラゴン・エクスプレスの「セクシー・バスストップ」が、わりと有名ですが、インストでもなく日本人でもないシンガーを添えた和製ファンキーものはファンキー・ビューローの前、1975年に近田春夫氏のハルヲフォンが「FUNKYダッコNo.1」という曲を、六本木の古の名ディスコ「アフロレイキ」の看板歌手であった、アフリカンアメリカン系のキャロン・ホーガンをボーカルにし、発表しているのですが、こちらコアなロックファンには人気があったようですが(バンド自体がそっち系のファンが多かったですし)、踊り場、ディスコでは火がつくことがなかったのが、ちょっと残念な、なかなかの演奏力の曲なので、ちょっと↓ご紹介いたします。


ハルヲフォン 1975年のLIVE映像 「FUNKYダッコNo.1」

余談ですが、同年1975年、近田春夫氏とヴィレッジシンガーズのドラマーで俳優の林ゆたか氏、黒澤久雄氏等が集まり演奏、R&Rパーティーを六本木で開いた所、その店のオーナーがR&Rでツイストを踊る客をみて、これは行ける!と1976年、林ゆたか氏をプロデュースを依頼、お店を立ち上げたのが今も健在「ケントス」チェーンの六本木1号店であります。





posted by 麻呂 at 17:06| 和もの 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月03日

不思議と1970年代中期当時の踊り場で人気が高かった 個人授業 フィンガー5





新宿のポップ(PGA)、トレビではわりと使われていて人気の高かった和ものの代表的なナンバーで、独特のステップがあったのですが、完全に忘れております(笑)。

1973年の、こちらは踊り場ヒットではなく普通にお茶の間でも大ヒットした「個人授業」のシングルレコードのジャケットは、その前年、少年チャンピオンで「ドカベン」を、そして73年よりビッグコミックオリジナルで「あぶさん」を書きだした水島新司氏のイラストでした。

当時、沖縄のフィンガー5も白人のオズモンズも黒人のジャクソン5も、なんとなく肌の色は違っても「似たような兄弟アイドルグループ」という風潮もあり、踊り場ファンは一応、礼儀として肌が黒い人を推しますので(笑)、ジャクソン5はその中では別格。だってモータウンだからみたいな(笑)。まあ、そんな感じでフィンガー5とオズモンズは軽く見られてたわけですが、やってた事はそんなに大きな差はなかったわけであります。

「個人授業」の作詞は踊り場ファンにはお馴染み!クックニック&チャッキーの「可愛いひとよ」と同じ阿久悠氏で、作曲はこの翌年、「ひと夏の経験」「としごろ」で山口百恵さんをブレイクさせた、一連の山本リンダさんのヒット曲でもお馴染み。この数年後にはピンクレディがバカ売れした都倉俊一氏。プロデュースは高名なジャズのビッグバンド!原信夫とシャープ&フラッツのベース奏者であり、コメディアンの世志凡太氏(浅香光代さんの旦那様)。

歌謡芸能の大御所たちの手による!大ヒットナンバーでございます。





posted by 麻呂 at 17:41| 和もの 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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