2012年12月11日

ディスコクィーンの冠を頂戴してた頃のドナ・サマーのヒット曲 バッドガール DONNA SUMMER: Bad Girls (Special discomix)





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1971年シングル、1974年アルバムデビューしているものの、全く当時の踊り場シーンや日本のポップチャートを賑わす事なく、1975年に悩ましい吐息で話題だった「愛の誘惑」(Love To Love You Baby)のドナ・サマーが突然!ディスコクイーンとして大ブレイクするのは、正に!世はディスコブーム真っ盛りの1979年。

こちら「バッドガール」(Bad Girls) はそんな、アメリカチャートでも大ブレイク!売れに売れまくった、日本のディスコシーンでも大人気だった1曲。

当サイトでもご紹介している通り、70年代半ばぐらいまでの踊り場で人気だったR&B、ニューソウル、ニューファンクは主に北米、アメリカンアフリカン音楽だったわけですが、既に70年代後半の空前のディスコブームの頃のディスコミュージックは、80年代以降のユーロビート全盛を予兆させるほど、イギリス、フランス、ドイツの欧州が深く関わっており、ドナ・サマーを突然!大ブレイクさせたのも、イタリア人音楽家のジョルジオ・モロダーがプロデュースをしてからの事。

こちら「バッドガール」(Bad Girls)や「ホット・スタッフ」を大ヒットさせ、一躍!ディスコクイーンになったアメリカ人のドナ・サマーはこの時既に30才。イタリア人のジョルジオ・モロダーは39才。立派な!大人のビジネスをやり、商業的にアメリカ、欧州、日本のディスコマーケットで大成功させたわけであります。



ちなみに当時、映画好きだった方なら誰もが観たであろう、「アメリカン・ジゴロ「ミッドナイト・エクスプレス」「スカーフェイス」「フラッシュダンス」「ネバーエンディング・ストーリー」「トップガン」等の音楽を手がけたのも、こちらイタリア人のジョルジオ・モロダー。YMOや小室哲哉氏が、こちらジョルジオ・モロダーの影響を受けているとか。





posted by 麻呂 at 11:58| ドナサマー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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