2012年12月09日

ディスコブーム時代大流行りしたドイツのディスコグループ、ジンギスカン/ジンギスカンDschinghis Khan (1979)





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♩うっ! はっ!

シリーズ(笑)、、、あまりこの手の曲ばかりアップしてると北米、アフリカンアメリカンのR&B、ソウル、ファンクファンには愛想をつかされそうですが(汗)、しょうがない。好むと好まざると流行ってたんですから(笑)歴史の検証という事で、、、。

というか、R&B、ニューソウル、ニューファンク、或いはブラコンとか、そういう音楽より、こういう曲の方が「ディスコ」という印象をもってる2012年現在、50才半ばから40代後半の方、実は多いのではないでしょうか?。ジンギスカンが「ディスコ」で流行ってた頃、ディスコ、ディスコと言ってたコで、あまりR&Bやソウルやファンクの話し、その少し前と全く違ってした記憶が、当サイト運営者ないもので(笑)。

案外、思いの他、80年代のユーロビート全盛時代になる前から、フランス、イタリアのアメリカマーケット(結果、日本も)を狙ったディスコサウンドというのは盛況で、こちらはドイツ。まあ、所謂「ミュンヘン」ですね。

映画「サタディナイトフィーバー」のヒット以降、空前のディスコブームが巻き起こったモロ!その最中!1979年にデビューした西ドイツのミュンヘン出身の男女6人組(後に5人組)のグループ。同じく西ドイツ出身で既にディスコ人気だった、ボニーMの影響で結成したグループのようです。



北米のアフリカンアメリカンのファンクをかけたいDJさん。でも、流行ってたウケていたのはこの手の「ミュンヘン」とか「サーファー」のギャップ。リアルタイムのDJさんは色々、今でも言い分があると思います。

時代は変わってしまった、、、R&B、ニューソウル、ニューファンクの「踊り場」の時代は、実は80年前後の空前の「ディスコ」ブームの頃は、リアルタイム、ほぼ終焉してたんですね。



posted by 麻呂 at 10:13| ETC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月07日

ディスコブームの最中、イタリアのディスコグループD.D.サウンドが放った 1・2・3・4ギミー・サム・モア DD Sound





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今聴くと、リズムとハープがとてもC&Wというかブルージーというか、、、元ネタはブルースセッションでプレイヤーサイドにはマディ・ウォーターズでお馴染み!「Got My Mojo Workin'」じゃないのか?と思ったりいたします。

こちら1978年、日本のディスコシーンでも大人気になった「1・2・3・4ギミー・サム・モア」(1・2・3・4Gimme some more!)の、DD Sound(D.D.サウンド)。DDはディスコデリバーリーの略だそうな、イタリアはラビヨンダ兄弟を中心に1977年に結成された、ディスコマーケットを狙った、ボーカル男1人、女2人、他大勢のバックミュージッシャン(スタジオミュージッシャン?)からなるディスコ・グループ。

80年代ディスコシーンを席巻するユーロビート、その少し前からのドイツの「ミュンヘン」は、あまりにダンクラディスコ、クラブファンにはお馴染みですが、こちらも「ミュンヘン」に括られるのでしょうか?。「ソウル・ドラキュラ」やバンザイの「ビバ!アメリカ」「チャイニーズ・カンフー」が、メイドイン「おフランス」だったの同様、こちらはイタリア人。

この手の欧州系のディスコヒットは「新宿系」とか一括りにされやすいですが、六本木の「スーパーコップス」でもよく聴いた覚えが、当サイト運営者はありますぞよ(笑)。






posted by 麻呂 at 17:05| ETC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月06日

フランス産ディスコサウンド プロレスのジャンボ鶴田氏のテーマにも使われたチャイニーズ・カンフー(Chinese Kung Fu) バンザイ(Banzaii)





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プロレスの故ジャンボ鶴田氏の入場曲なので、プロレスファンの方にもお馴染みの、こちら

♩ふっ はーっ

という合いの手は、クールスの楽曲、沢田研二氏の「愛の逃亡者」などでも使われている手法ですが、元々は「ファンキーパーティ」という曲で使われたのが最初かな?と思ったりしておりますが、有名にしたのは、1975年のディスコヒット「チャイニーズ・カンフー」(Chinese Kung Fu)で、間違いないでしょう。

「チャイニーズ・カンフー」(Chinese Kung Fu)と「ビバ・アメリカ」(Viva America)のヒットを放ったバンザイ(Banzaii)というグループ。フランスのスタジオミュージッシャンが集まって作った、ディスコ用の架空のバンドのようですが、「ソウル・ドラキュラ」も同じようにフランスのスタジオミュージッシャン達が集まったホット・ブラッドというディスコ用のユニットだったのと、このへん似ております。

案外、この後の空前のディスコブーム期のミュンヘン以前に、欧州、フランスのディスコものが日本でも好まれていたというのは、注目したい所であります。

↓こちらは、シングルレコードジャケットを飾った白人黒人女性6人が、ひらすらそのフランスのスタジオミュージッシャン達が作り上げたディスコサウンド「チャイニーズ・カンフー」(Chinese Kung Fu)にのって、踊ってる映像。



衣装はシングルレコードジャケット同様、黒のタイツだかストッキングだかに柔道着だか空手着だかのソレ。



1960年代初頭の洋楽を日本語で歌う「和製ポップス」ブームの頃から、日本は必ずしもアメリカ一本被りではなく、欧州、イタリアやフランスのソレも取り上げられており、その系譜は、それから10年、北米アフリカンアメリカンのファンクビート(16ビート)の踊り場、ディスコブーム時代にも継承されてたと思えば、このへんの北米黒人ファンクマニア、ソウルフリークには非常に昨今も評判の悪い(笑)、フランスやミュンヘン発のディスコミュージックが、何故?日本人の血、DNAに好まれたのか?なんとなーく、理解できるのではないか?と思われます(この傾向は、バブル頃のジュリアナのユーロビートまで続いております)。

まあ、ブルース・リーの人気から来てるカンフーものなのでしょうが、香港のブルース・リー人気のカンフーなのに、何故?バンザイ(万歳?)。フランス人なのに何故?ラテンぽい「ビバ・アメリカ」なの?。バンザイとフランスレコード業界関係者に、その理由聞いてみたいものですね。無理ですけど(笑)。

沢田研二氏「愛の逃亡者」↓






posted by 麻呂 at 17:10| ETC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ぴかぴか(新しい)こちらもおススメでするんるん