2016年04月30日

1978年の邦題「チャンタで行こう」 マイケル・ゼーガー・バンド「レット・オール・チャント」(Let's All Chant)



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空前のディスコブーム吹き荒れる1978年アメリカでもそれなりに売れ、日本では漫画家の黒鉄ヒロシ氏のイラストジャケットと、邦題「チャンタで行こう」で売りだされた「レット・オール・チャント」(Let's All Chant)。

当サイト運営者、エディ・ケンドリックスの「ブギーダウン」みたいなベースフレーズと、♪ふ〜ふ〜 のかけ声がとても印象の残ってる曲ですが、このマイケル・ゼーガー・バンドというのはよくわからない。

PVを観ると、まあ、当時のディスコのそれで多いですが、曲が流れダンサーが踊ってるソレで、管楽器のプレイヤーが後半ちょっと映るだけで、どんなバンドなんだか当時同様今もさっぱりわかりませんが、このマイケル・ゼーガーはR&B、ソウルファンにもお馴染み、グラディス・ナイトやスピナーズなどのプロデュースをやられていた方で、ディスコブームの一発屋とは異なる方。

ゆえに日本で言えば「セクシー・バス・ストップ」を歌謡ヒット&ディスコヒットさせた、筒美京平氏のDr.ドラゴン&オリエンタル・エクスプレスみたいなものなのかしらね?。





posted by 麻呂 at 08:38| ETC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月12日

空前のディスコブーム吹き荒れる1980年、映画と共に大ヒットしたアイリーン・キャラの「フェーム」(Fame)



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日本公開は1980年末の映画「フェーム」で使われ、ディスコブームの最中流行ったアイリーン・キャラの「フェーム」(Fame)。

実はこの映画の監督は、「小さな恋のメロディ」ヲタにはお馴染み!「小さな恋のメロディ」の脚本、原作を書いたイギリス人のアラン・パーカーで、こちら「フェーム」も「小さな恋のメロディ」同様、ある種の学園青春ドラマ。

で、アイリーン・キャラも当時は未だ21才の若者でしたが、子役時代からあちらでは活躍されていたそうで、日本で彼女が決定的な人気を得るのは、この2年後の映画「フラッシュ・ダンス」で主演&歌唱を「フェーム」同様披露してからで、「フラッシュ・ダンス」は洋楽としては異例のオリコン21週連続1位、同オリコンアルバムチャートでも10週連続1位を獲得したほど、何故か?日本人にとても受けた曲で、作曲したのはイタリアの音楽家のジョルジオ・モロダー(作詞にアイリーン・キャラの名もある)。

日本のYMOや小室哲哉氏が、彼からの影響を口にされていた、まあ、シンセサイザーを駆使したユーロビートの巨匠で、当時のディスコファンにはドナ・サマーの楽曲等で有名だった方ですね。

「フラッシュダンス」のジョルジオ・モロダーは1983年にアカデミーを獲得しますが、「フェーム」(Fame)の作曲のマイケル・ゴアも、この年のアカデミー賞の歌曲賞、作曲賞を受賞しております。




posted by 麻呂 at 18:54| ETC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月14日

1970年代中期、踊り場で流行った ヒューズ・コーポレーション/愛の航海(Rock The Boat)1974





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ゴーゴーから踊り場、踊り場からディスコに移り行く時代背景だった1974年、全米1位。日本の踊り場でもヒットした、軽快で爽快なヒューズ・コーポレーションのナンバー「愛の航海」(Rock The Boat)。

このへんは、後に日本でも大ブレイクするサンシャインバンドのKCが手がけた、ジョージ・マックレーの「ロック・ユア・ベイビー」同様、今迄のR&B、ニューソウル、ニューファンクとは、なんとなーく違うなとリアルタイム体感された方、多いのではないでしょうか?「ロック・ユア・ベイビー」も「愛の航海」(Rock The Boat)も、黒人音楽独特の泥臭さがない(笑)。やたらと爽快。

1974年はもう1曲、アメリカはマイアミのスタジオで、イギリス人のエリック・クラプトンが録音した、ジャマイカのボブ・マーリーのカヴァーのマイアミ産レゲエ(笑)「アイ・ショット・ザ・シェリフ」も全米1位を記録。おそらく日本で初めて!レゲエナンバーが踊り場で使われた楽曲だったと思いますし、この後、80年前後の空前のディスコブームの頃、サーファーディスコで人気だったドゥービー・ブラザーズの「ロング・トレイン・ランニン」も既にこの頃から踊り場では人気の高い曲で、どファンクは一般的には実は人気は高くなく(コアなファンにはもの凄く支持されてましたが)、なんとなーく、軽快で夏っぽい曲、爽やかな曲が、日本人に好まれだす、ある種のサーファーディスコ、「トロピカル」の下地が出来かかったような時代だったのかな〜?なんて事を、当サイト運営者、思ったりいたします。





posted by 麻呂 at 17:08| ETC | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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