2013年03月26日

パパ・ウォズ・ア・ローリング・ストーン テンプテーションズ Papa Was A Rolling Stone - Temptations





アイザック・ヘイズの「黒いジャガーのテーマ」や、バリー・ホワイトの「愛のテーマ」に、当サイト運営者は匹敵する、リアルタイム度肝を抜かれた、ワウワウのリズムギターのカッコ良さ!が、こちら1972年、全米1位!日本の踊り場シーンでも、とても人気の高かった「パパ・ウォズ・ア・ローリング・ストーン」(Papa Was A Rolling Stone)。

こちらでも再三ほざいておりますが、映画「ドリームガールズ」を観た方ならわかる通り、1960年代に商業的大成功を収めた!黒人インディーズレーベルのモータウン・レコードで、1970年前後、内部革命がおきていたわけで、それはニューロックのヒッピーフラワームーブメントのロックシンガー、ロックバンド、或いはフォークシンガー達が、自分達の意思、考えをサウンドや歌にして人気を得ていた影響で、モータウンのシンガー達もそれを自分達もやりたいと、モータウン・レコードの創始者ベリー・ゴーディーJr.に申し出るも、ベリー・ゴーディーJr.はそれは快く思っていなかったわけであります。

ジャズのマイルス・デイビスも、同胞アフリカンアメリカンのジェームス・ブラウンと共に当時、影響をうけていた、電子楽器を使いファンクとロックの融合(フュージョン)を図っていたスライストーンに感化されていた、モータウン・レコードのエンジニア、プロデューサーのノーマン・ホイットフィールドは、モータウンの看板、R&Bのコーラスグループで人気者のテンプテーションズで、それを実験しだすわけです。

まあ、よくベリー・ゴーディーJr.がGo!サインを出したもんだなと思いますが(笑)、ベリー・ゴーディーJr.は自分の「今迄のやり方」で、デビューまもないジャクソン5の出す曲!出す曲!全米1位、2位の驚異的なヒット量産の大成功によって、気をよくしてたのかもしれませんし、又、ベリー・ゴーディーJr.が案外、嫌がった、シンガー、ミュージッシャンが自分の意思でレコードを作った所謂ニューファンクが、思いのほか売れたので、これも気をよくしていたのかもしれないですね。





posted by 麻呂 at 18:09| テンプテーションズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月12日

R&Bコーラスグループから、70年代になってサイケファンキーサウンドになったザ・テンプテーションズの当時の踊り場ヒット! マスターピース MASTERPIECE / THE TEMPTATIONS





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映画「ドリームガールズ」を観た方ならご承知の通り、サウンド・オブ・ヤング・アメリカン、約3分のポップなR&Bを作り続け60年代、商業的大成功を収めたベリー・ゴーディーJr.のモータウン・レコードは、1970年前後には内部革命が起きておりました(ロックのヒッピー、フラワームーブメントの影響、サイケロックとファンクの融合のスライストーンの影響、ジャズのマイルス・デイビスのエレクトリックマイルス化の影響等でしょう)。

それまでミラクルズのスモーキー・ロビンソンが殆どの楽曲プロデュースを担当していたザ・テンプテーションズも、スライストーンに感化されていたノーマン・ホイットフィールドが徐々に手がけるようになってきて、70年代のテンプスのサウンドは激変しました。

1972年、全米1位を獲得した12分を越える、ながーい曲!「パパ・ワズ・ア・ローリン・ストーン」 同様、こちら1973年、アルバム「マスターピース」(Masterpiece)のタイトル曲も(全米トップ10入り)、オリジナルは13分を越える、かなりの部分がインストルメンタルのながーい曲であり、当事の踊り場でも使われてはおりましたが、けっして「踊りやすい曲」とは言えなかったので、昨今のダンクラシーンでは、使われる事が殆どないようですね。まあ、スライストーンの影響下にあったノーマン・ホイットフィールドの、サイケロックとファンクの融合、実験的なサウンドとでも申しましょうか?。

唯、その後のディスコサウンドの特徴でもある、おそらく同時期のフィラデルフィア、フィリーソウルの影響と思われる大胆なストリングスの使い方、多分、アイザック・ヘイズの「黒いジャガーのテーマ」の影響と思われる、この後、ファンクギターの代名詞になるワウワウによるカッティングギター等、サウンドはそれまでのモータウンと相当!変わっているのがわかるソレであり、R&Bからニューソウル、ニューファンクへの歴史の分岐点の楽曲、アルバムとして検証してみるのには、うってつけの1枚、1曲ではないか?と思ったりしております。

かなりサイケロックとファンクの融合の実験的な所もある、ながーい楽曲の方法論は、より!「踊りやすい」この後シングルヒットしたソレとは別のディスコ用の「ロングバージョン」というテイク違い、まあ、一粒で二度おいしい(笑)、1曲のヒットで2枚売る商魂逞しいレコード会社のアイデアの大元、源流だったのではないか?と思っております。





posted by 麻呂 at 16:52| テンプテーションズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月10日

R&Rコーラスグループ時代の、60年代のテンプテーションズの マイ・ガール My Girl The Temptations





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スティーヴ・ガッド(Dr)、リチャード・ティー(Key)、コーネル・デュプリー(G)、エディ・ゴメス(B)、ロニー・キューバ(Sax)からなる、80年代のフュージョンファンにも人気の高かったガットギャングでも演奏されてましたね。古の踊り場ファンやR&Bファンには、お馴染みすぎて!涙あふれる名曲と思われます、ザ・テンプテーションズの1964年の全米No1ヒット!テンプテーションズ(The Temptations)。

他のモータウンレコードのフォートップスやシュープリームス、スタックス系含め60年代のヒット曲が、踊り場では1970年代半ばまで使われていて、次世代も踊って愛していたロングヒットの楽曲、グループ、シンガーというのは、やはり凄かったなと思わずにはいられません。

昨今のダンクライベントでも欠かせない1曲だと思われます。ヤングアメリカン!モータウンレコードが、イギリスのザ・ビートルズとアメリカンヒットチャートを競っていた時代の、ザ・タイガース時代、ジュリー、沢田研二氏もレパートリーにしていた、正に!R&Bのスタンダードナンバー!テンプテーションズ(The Temptations)、、、不朽の名曲でございます!!





posted by 麻呂 at 18:47| テンプテーションズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ぴかぴか(新しい)こちらもおススメでするんるん
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