2013年06月01日

スティーヴィー・ワンダー 可愛いアイシャ/Stevie Wonder-Isn't She Lovely Lyrics





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全米ビルボードチャートで13週連続で1位を独走!、一度、ザ・イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」に首位の座を明け渡すも再び1位にかえり咲いた、1976年発表のスティーヴィー・ワンダーの2枚組大ヒットアルバム!「キー・オブ・ライフ」(Songs in the Key of Life)からシングルカットされ、当時の踊り場、ディスコに限らず、一般的な洋楽ファンにもとても支持された「可愛いアイシャ」( Isn't She Lovely)。

まあ、本国アメリカと違い1970年前後のR&B、ニューソウル、ニューファンクムーブメントは、日本ではかなりアンダーグラウンドなソレだったわけですが、日本でも抜群な人気を誇っていたフィリーソウルのスリー・ディグリーズと、こちらスティーヴィー・ワンダーが、歌謡史に残るであろう空前の和製ふぉーくブームの最中、そして下降時期に、そういうコたちや洋楽白人ロック至上主義(一部ブルース)のロックのコ達に、その人気ぶりから黒人音楽を普通に身近に感じさせた、ある意味、日本においては功労者だったと、当サイト運営者は思っております。

「キー・オブ・ライフ」(Songs in the Key of Life)は他に、「回想」「愛するデューク」もシングルカットされ、踊り場、ディスコで人気を得ており、又、この時期、マイアミのKC&ザ・サンシャインバンドの大ブレイクもあり、いよいよ来るべき空前のディスコブームの幕開けになった時期だったと、当サイト運営者は記憶しております。





posted by 麻呂 at 08:34| スティーヴィーワンダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月04日

ハイアー・グラウンド スティーヴィー・ワンダー Higher ground...Stevie Wonder... with Lyrics





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1970年前後のニューロック、フォークシーンの、ヒッピーフラワームーヴメントの影響と、1964年の黒人公民権制定前後からの、北米アフリカンアメリカン達のブラックパワーの影響と思われる、社会や世の中に対する憤り、矛盾などを、自分なりの思考で自分なりのやり方で歌とサウンドにする、所謂ニューソウル華やかなりし頃の、こちらも代表的なアルバム、1973年に発表されたスティーヴィー・ワンダーの「インナーヴィジョンズ」(Innervisions)からの「ハイアー・グラウンド」(Higher Ground)。

当時の踊り場で、右脚を上げ下げする独特のステップがあった曲ですが(詳しくは悲しいかな忘れましたが、ミニタイでこれを踊るズベ公の太腿だけは!今も覚えてます。笑)、リアルタイム当時は、ある時期以降のように日本で黒人音楽が一般的になっていたわけではない、コアな黒人音楽ファンと踊り場に出入りしてる不良ぐらいしか認知度がなかったので、案外、リアルタイム若者だった方より、その後のレッド・ホット・チリ・ペッパーズのカヴァーでこの曲を知った、もう少し若い世代の、それもロックフリークの方が、この曲は馴染みがあるかも知れないですね。

この曲もマーヴィン・ゲイの「愛のゆくえ」(What's Going on)同様、反戦、反権力、正に!世の中の矛盾、憤りを歌った、それもそれ以前のR&Bと違い、かなりロック的なサウンド、電子楽器も取り入れた楽曲であり、リアルタイム、そりゃー!「ナウかった」(死語)音楽だったのであります。





posted by 麻呂 at 16:56| スティーヴィーワンダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月22日

全米ビルボードアルバムチャートで13週連続1位を記録したアルバムからのシングルヒット スティービー・ワンダー 回想 Stevie Wonder - I Wish (with lyrics)



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1976年10月から1977年初頭迄、ビルボードアルバムチャートで13週連続1位を獲得(通算14週)、グラミー賞のアルバム・オブ・ザ・イヤー他4部門を受賞。スティーヴィー・ワンダーの脅威の!大ヒットアルバム(当時2枚組+EPつき)、「キー・オブ・ライフ」(Songs in the Key of Life)の中からシングルカットされ、日本の踊り場、ディスコでも頻繁に使われ人気の高かった、こちらは「回想」( I Wish)。

まあ、有名な「迷信」、レッド・ホット・チリ・ペッパーズもカヴァーしたので、わりと若い(?)ロック世代の方々にも聴き覚えのあるであろう「ハイアー・グラウンド 」、ジャクソン5との競演「悪夢」等、1973~74年頃からスティーヴィー・ワンダーの曲は踊り場シーンでは人気がありましたし、プレイヤーサイドにも評価の高いミュージッシャンでしたが、その存在が「グレイト」になり今に至っているのは、このアルバムの大ヒットからでした。

が、皮肉な事に1980年前後の空前のディスコブームの頃は、他の多くの北米アフリカンアメリカンのR&B、ニューソウル、ニューファンクのグループ、シンガーがそうだったように(特に!ジェームス・ブラウンは不調な時期でした)、スティーヴィー・ワンダーも、わりと影が薄くなっており、欧州圏や白人層のディスコサウンドに押され気味で、その主役になる事はなかったと記憶しております。







posted by 麻呂 at 17:04| スティーヴィーワンダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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