2013年02月15日

ディスコブーム真っただ中にアースが放った大ヒットナンバー! ブギー・ワンダーランド Boogie Wonderland アース・ウィンド・ファイアー.Earth, Wind & Fire





今もダンクラファンには人気の高い、1978年、空前のディスコブーム突入!アース・ウインド&ファイヤーが放った「ブギーワンダーランド」(Boogie Wonderland)ですが、リアルタイム当事は賛否両論ありまして、賛否の賛はディスコブーム真っ盛りのディスコのコ達で、賛否の否は「アースも完全にディスコになったな」と、初期のコアなクロスオーバー時代の、かなり!少数のファン層と、もう少し後のアルバム「灼熱の狂宴」あたりの、ファンク色が未だ強かった、ニューファンクの流れの中のアースサウンドのファン。

80年代になって、もう一発!1981年に「レッツ・グルーヴ」というディスコ大ヒットをアースは放ちますが、結局、ディスコサウンド化するアースは、大きな売りであったホーンセクションを捨て、流行りのテクノ、ディスコサウンドもその流れに完全に以降していった時期ですので、電子楽器中心のサウンドを展開させるようになるのですが、これが完全に裏目に出てしまい、まるで1970年頃の日本のグループサウンズブームのごとく!一気に人気は凋落。その歯止めを掛けることが出来ず、1973年から活動を一時、停止してしまったんですね。本当にコレは、昨日までのあの!アースの大人気が嘘のような出来事でありました。

幸いアースにはディスコサウンド、電子サウンドになる以前から、踊り場で使われていた大楽隊で奏でられるファンキーな曲もあり、「宇宙のファンタジー」「セプレンバー」の空前の大ヒット!(宇宙のファンタジーは日本独自のようですが)、そして「ブギーワンダーランド」(Boogie Wonderland)、「レッツ・グルーヴ」というディスコヒットもありますので、ある時期から70年代、ダンクラを代表するトップグループと位置ずけられ、根強い人気を日本でも誇っているわけですが、流石のアースもアースなりに、リアルタイムは試行錯誤が色々あったわけですね。









posted by 麻呂 at 13:57| アースウィンド&ファイアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月16日

アース・ウィンド・アンド・ファイアー 宇宙よりの使者(マイティマイティ)Mighty Mighty/Earth, Wind & Fire Soul Train 1974





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1971年のデビューアルバム後、「愛の伝道師」「地球最後の日」「ブラックロック革命→ヘッド・トゥ・ザ・スカイ」と、凄まじく仰々しい邦題がつく(笑)、まあ、ジャズファンク、クロスオーバー的なアルバムを発表していたアース・ウインド&ファイヤーなれど、商業的な大成功には至らず(特に日本では)、こちらはそんなアースがファンキー路線に方向転換した1974年の「太陽の化身」(Open Our Eyes)の自信の!A面1曲目。

後の大ヒット曲!「宇宙のファンタジー」以前から宇宙という邦題はついていた!「宇宙よりの使者」。まあ、「マイティマイティ」(Mighty Mighty)という題名で昨今のアースファンにもお馴染みの人気の高いナンバー。

まあ、その前のアルバムを「ブラックロック革命」と邦題タイトルにつけてた所が正に!時代であり、ジャズファンクでもクロスオーバーでも、ましてやフュージョンでもない「ブラックロック」、、、当時は黒人音楽が未だ一般的には今ほど認知されておらず洋楽はポップスに続いてニューロックが人気でしたから、商業的にイマイチ、パッとしなかったアースをレコード会社の営業戦略で「ブラックロック」と謳って売り込んだのでしょうが、残念ながらアースは未だ!ブレイクは出来なかったわけです。

おそらく日本の踊り場で初めて!アースの楽曲が使われたのは、その「ブラックロック革命」の次のアルバムからの、こちら「宇宙よりの使者」(マイティマイティ、Mighty Mighty)が最初だと思われます。

ただ、同時期、日本の踊り場デビューを果たし、今もダンクラファンに人気の高いKC&ザ・サンシャインバンドの「ファンキーホーン」ほど支持はされず、ウォーやジェームス・ブラウン、グラハム・セントラルステイション等のように、コアなファンクファンにも支持されず、同じく新興ファンク勢力だったクール&ザ・ギャング、オハイオ・プレイヤーズ、BTエクスプレスほどアースというバンドや、楽曲「宇宙よりの使者」(マイティマイティ、Mighty Mighty)が踊り場ファンに浸透していたという記憶は、私的にはありませんね、、、。

アースの人気が先ず!踊り場で、そして日本全国で確実になるのは、もう少し時間がかかったと記憶しております。





posted by 麻呂 at 17:57| アースウィンド&ファイアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月31日

日本の踊り場シーンで初めてアースウインド&ファイヤーの曲が頻繁に使われ人気になったのは、こちら ゲッタウェイ Earth Wind And Fire - Getaway





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1971年「Earth, Wind and Fire」「The Need of Love」 (愛の伝道師)、1972年「Last Days and Time」 (地球最後の日)。情報が溢れる昨今のアースウインド&ファイヤーファンなら、誰もがご承知だと思う、アースのデビューから3作の、当時のクロスオーバーっぽいサウンドのこれらアルバムは、日本では全くと言っていいほど売れていなかったので(アメリカでもたいした事はなかった)、、、

1974年「マイティ・マイティ」(Mighty Mighty)、初の全米1位を獲得した1975年「シャイニング・スター」(Shining Star)でしょうね。おそらく日本で初めてアースウインド&ファイヤーが、知られるようになったのは、、、。

それも当時の日本は、今のように一般的に黒人音楽が市民権を得ていたわけではなく、黒人音楽を知ってる好きだと、かなりカッコ良かった、ヒップだった時代だったので一般的には未だ未だ。それは1977年、「宇宙のファンタジー」(Fantasy)の大ヒットまで待たなくてはならなかったわけであります。

1975年「シング・ア・ソング」(Sing a Song)と、1976年発表された、こちら「ゲッタウェイ」( Getaway)は丁度その間(はざま)、踊り場、ディスコで初めて!アースの曲が大受けした曲だったと、当サイト運営者は記憶しております。あとは誰もがご承知の通りの大活躍が、1980年代初頭迄の数年間、アースウインド&ファイヤーはディスコでも一般的にも、大人気になるわけですね。





posted by 麻呂 at 16:49| アースウィンド&ファイアー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ぴかぴか(新しい)こちらもおススメでするんるん
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