2013年10月03日

1970年代初頭から中期にかけ踊り場で人気だったThe JB's - JB's Monorail The JB's  モノレール。アルバム「ハッスル・ウィズ・スピード」





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私的にリアルタイム70年代、最後に買ったThe JB'sのアルバム、「ハッスル・ウィズ・スピード」(HUSTLE WITH SPEED )のA面1曲目。

時代は正に!この数年後の空前のディスコブームに流れるとっかかりの時代、1975年でしたが、そのディスコブームで必ずしも!人気爆発ではなかったジェームス・ブラウン、The JB'sでしたが、このアルバムがピープル・レーベルでは最後になったソレであります。

当時、The JB'sを知ってる、The JB'sを好きというのは、かなり「通」であり、一般には空前の和製ふぉーくブームの最中でもあり、又、空前のディスコブームの前でもありましたので、殆どThe JB'sもジェームス・ブラウンも知られていなかったわけで、踊り場フリークでもThe JB'sとジェームス・ブラウンは、好みがはっきり別れていたのを記憶しております。

まあ、1970年代初頭から半ばまで、大型ニューファンクバンドがどんどん登場したわけで、それも相当!アンダーグラウンドシーンだった「踊り場」では人気でしたが、一般的には知られる事もなく、その後のディスコブームでは、完全にニューファンクは無視された、完全に所謂「ディスコサウンド」に天下をとられたと、リアルタイムを知る当サイト運営者は記憶しており、今も(2013年)ダンクライベントではコアな人気の高いThe JB'sもジェームス・ブラウンも、実はリアルタイムは、このアルバムを境に、その存在感は急降下するわけで、The JB'sもジェームス・ブラウンも、空前のディスコブームの頃には、完全に忘れ去られた存在になっていたわけであります。

だ・か・ら!!!、、、

80年前後の空前のディスコブームの頃、本当はファンクを使いたかったDJの方々が、当時、不本意ながらそういう音楽を使えなかった、使いずらかった、ある種の怨念で(笑)、昨今のダンクラ・ディスコイベントでは、当時DJをやられていた方々は、ファンクという音楽にこだわりをみせているわけであります。はい。

posted by 麻呂 at 19:16| ジェームスブラウン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月11日

1970年代中期頃迄の不良ナンバーの1つ(笑) スーパー・バッド ジェームス・ブラウン Super Bad/ JAMES BROWN





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1970年代初頭、とても不良力の強かった踊り場の中でも、抜群に!不良色の強かったのが、ウイルソン・ピケッツとジェームス・ブラウンであり、こちら「スーパー・バッド」(Super Bad)は「セックス・マシン」と並び、より!不良色の強い楽曲でありました。

所謂ニューソウル時代、今の電子音楽系含む全てのファンキーミュージックの、このへんは素になっていると言っても過言ではないと思われる、1970年代初頭、メイシオ・パーカー(テナーサックス)をはじめとするメンバーのほぼ全員が脱退するサポートバンドの内紛後、ブーツィー・コリンズ(ベース)らを中心とする新しいバンドは「The J.B.'s」と名付けられ、ニューファンクの1つの完成期をこの時期迎えており、その後、メイシオ・パーカーはじめかつてのメンバーが復帰、ジェームス・ブラウンと「The J.B.'s」は、ディスコブームになる以前の、日本の踊り場シーンで、中心的役割を果たしておりました。





posted by 麻呂 at 17:08| ジェームスブラウン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月18日

パス・ザ・ピーズ The JB's - Pass The Peas





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2010年前後から感じていたのですが、JB'Sはリアルタイム、ジェームス・ブラウン、R&B好きの「ツッパリ坊」や「ズベ公」はともかく、1980年前後の空前のディスコブーム世代の「ディスコのコ」より、昨今は、わりともっと若い世代のJAZZFUNK好き、R&B、JAZZ、FUNK、BLUESを志すプレイヤーサイドの方の方がファンが多いように(特に!メイシオ・パーカー)当サイト運営者は体感しております(空前のディスコブームの頃、JB’Sもジェームス・ブラウンもディスコサウンド人気に押され、人気がなかったから)。

こちら「パス・ザ・ピーズ」(Pass The Peas)は、JB’S名義ではファースト・アルバムになる、1972年発表の「フード・フォー・ソート」(THE JB'S - Food For Thought )の1曲目として収録されておりましたが、実は!このアルバムはリアルタイム、日本では発売されておりませんでした。

JB’Sの日本でのファーストアルバムは、実質セカンドアルバムの翌1973年発表の「ドゥーイング・イット・トゥ・デス」( Doing It To Death)であり、ファーストアルバムは後から発売されたわけで、もし!当時の1973年以前の踊り場で流れているのを聴いた記憶のある方おりましたら、そのお店は輸入盤を買ったか?アメリカまでレコードを買いにいった、相当!コアな店主、DJ等が居たお店だと思って間違いありません。それほど当時は、ジェームス・ブラウンもJB’Sも、一般的には知られておりませんでした。今の方がよっぽど!有名であります(笑)。





posted by 麻呂 at 17:25| ジェームスブラウン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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