2015年02月03日

昨今のフィットネスの先駆けだった オリビア・ニュートン・ジョンの「フィジカル」(Physical)





空前のディスコブームが、アメリカではピークから終焉に向かいだした1981年(日本では未だ続きましたが)。1970年代半ばから日本でもアメリカでも(世界でも)人気絶頂だったオリビア・ニュートン・ジョンが放った「フィジカル」(Physical)。

「フィジカル」(Physical)は、全米ビルボードチャート連続10週1位という大記録を樹立。イギリス生まれのオーストラリア育ちのオリビア・ニュートン・ジョンは、実はかなり下積みの長かった女性で、アメリカに移住しヒット曲を連発し、日本はじめ世界の人気者になった70年代半ばから後半が、矢沢永吉氏の言葉を借りれば彼女がビッグになった時期で、「フィジカル」(Physical)でグレイトになったと言える記念すべき曲でした。

今でこそフィットネスはブームではなく日常、若者は勿論、初老中高年も自分の健康管理が「当たり前」の日本ですが、当時フィットネスは未だ相当!新しいムーブメントであり、この2年後に映画「フラッシュダンス」以降、日本でもジャズダンスがブームになりましたし、ジョギングがちらほら流行だした頃ですから、「フィジカル」(Physical)はテーマもPVも、かなり新しかったと、リアルタイムを知らない今の若い方にはわかっていただきたいと思います。

ベトナム戦争を終結させた(アメリカの敗北)ニクソン以降、同じ共和党のフォード、そして民主党のカーターと70年代のアメリカは大統領が変わったわけですが、70年代のアメリカは泥沼化したベトナム戦争の後遺症で、経済も国民の気持ちも疲弊しており、第二次世界大戦の勝利国になった1945年以降、「強くて豊かな国アメリカ」というイメージが崩壊しかかってた時代で(2015年現在の失墜したアメリカのイメージよりは、未だ!マシだったが)、共和党のロナルド・レーガンが1981年に大統領に就任してから、レーガンは「強いアメリカ」の復活を旗頭にし、アメリカもなんとなーく、70年代のネガティブな気分から脱却しつつあったのが、こちら「フィジカル」(Physical)が大ヒットした時代背景。





で、レーガンが必ずしも良い大統領だったとは、アメリカにとっても日本にとっても言い切れませんが(汗)、レーガンによってアメリカの「空気」が変わったのは否めない歴史でしょう(勿論、85年のプラザ合意含め、日本経済も大影響を受けてますが)。

まあ、アメリカ人の肥満は今も何も変わってませんが、当時、アメリカ人の肥満は、ちょっとしたアメリカの社会問題で、既に三十路を越えた(32才)オリビア・ニュートン・ジョンの「フィジカル」(Physical)のPV、レオタード姿&テニスルック姿の若々しく瑞々しく、そして躍動感のある肌、スタイル、顔は「事件」だったのであります。

幸い当時の日本の若者達は、サーフィン&サーファーブームの真っ盛りであり、又、テニス、スキー等も若者達に人気だったので、団塊の世代以上の既に「大人」だった層に比べると、あまり若者達に肥満はおらず(例外は何時の時代もありますが。笑)、そのブームはパルコや赤いカードを発行しだした丸井の営業戦略の一貫だったにしても、男連中は「女にもてたい」からそれに乗ってたにしても(笑)、若者達はわりとスポーティーだったので、こちら「フィジカル」(Physical)は日本でもドンズバでハマった曲だったわけであります。





posted by 麻呂 at 00:00| ETC ロック&ポップス系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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