2014年12月30日

ビブロスでよく使われていた ドゥービー・ブラザーズ/希望の炎 Doobie Brothers   Jesus Is Just Alright





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ビブロスはR&B、ソウル、ファンク色強かったムゲンと違い、わりとロックと言われる分野の曲も使っており、ドゥービー・ブラザーズの「ロングトレイン・ランニン」と共にこちら「希望の炎」(Jesus Is Just Alright)もよく使われていて、人気の高かった曲でした。

というか、日本でドゥービー・ブラザーズが有名になったのはビブロスはじめ踊り場で1970年代中期に頻繁に使われていたからで、当時のラジオの洋楽ヒットチャートなどで、「ロングトレイン・ランニン」と共にこちら「希望の炎」(Jesus Is Just Alright)がリアルタイムにチャートのトップ10、いやトップ20に入っていたという記憶が当サイト運営者はありません。

ドゥービー・ブラザーズの初来日は1976年で、「希望の炎」(Jesus Is Just Alright)収録のアルバム「トゥールーズ・ストリート (Toulouse Street) は1972年、「ロングトレイン・ランニン」収録のアルバム「キャプテン・アンド・ミー (The Captain and Me) は1973年の発売ですから、ちょっと初来日迄タイムラグがあります。

初来日時は既に看板シンガー&ギタリストのトム・ジョンストンは、一時バンドを抜けており来日しておらず、マイケル・マクドナルドがグループに加わり来日しております。

そして日本でドゥービー・ブラザーズの人気が爆発するのはマイケル・マクドナルド色が色濃くなる、初来日から2年後のアルバム「ミニット・バイ・ミニット」 (Minute by Minute)と、シングルカットされた「ある愚か者の場合 」が大ヒットしてからで、時期的にイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」がバカ売れしていた時期、雑誌「ポパイ」が若者に人気で、そこでLA特集などをやっていた影響で、ドゥービー・ブラザーズはイーグルスと並ぶLAの代表バンドと位置ずけられるようになったので、踊り場で「ロングトレイン・ランニン」や「希望の炎」(Jesus Is Just Alright)が使われていてから、随分と時は経ってたんですね。

で、更に!「希望の炎」(Jesus Is Just Alright)はあまり使われなくなりましたが、「ロングトレイン・ランニン」の踊り場でのロングヒットはもの凄いものがあり、結局、これも「ポパイ」発と言っても過言ではないと思いますが、サーフィンブームと世界的なディスコブームがこの1978年から80年にリンクし、サーファーディスコなるものが誕生。当時の若者達に人気になり、そこでも!「ロングトレイン・ランニン」はがんがん使われ人気だったので、案外、1980年前後が「ディスコデビュー」の世代に、「ロングトレイン・ランニン」は人気が高いわけです。

で、そのサーフィンブームと世界的なディスコブームの1980年前後には、こちら「希望の炎」(Jesus Is Just Alright)はあまり使われなくなっていたので、この時期が「ディスコデビュー」世代には、こちらは逆に馴染みがないんですね。

でも、1973~76年頃迄の、特にビブロスを中心にした踊り場では、「希望の炎」(Jesus Is Just Alright)は「ロングトレイン・ランニン」と共に人気の高かった曲ですので、「ロングトレイン・ランニン」だけではなく「希望の炎」(Jesus Is Just Alright)も踊り場で使われていた事を知ってる人は、1973~76年頃から、そんな遊びをしていた「おっさん」「おばちゃん」なわけであり(笑)、このへんは世代層というより、ませガキだったか否か?の差、、、如何に早い時期にそんな場所で夜遊びをしていたか否か?の差ですので(別に早いからって偉いわけじゃないです)、例え同世代でも、踊り場、ディスコの若き日の想い出は、微妙に温度差があります。



posted by 麻呂 at 10:51| ドゥービーブラザーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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