2013年04月24日

ダイアナ・ロス&シュープリームス ラブ・チャイルド Diana Ross & The Supremes - Love Child





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テンプテーションズやフォートップスと共に、60年代のヒット曲も1970年代初頭、半ば頃まで踊り場で使われていたザ・シュープリームス。だんだんR&B、ニューソウル、ニューファンクから所謂ディスコサウンドが主流ninaru70年代後半になると、ディスコフリークは音楽もファッションもプレイスポットも「新しもの好き」で「移り気」だったので(笑)、なんとなーく1980年前後の空前のディスコブームの頃には、追いやられてしまった楽曲の1つであります。

まあ、映画「ドリームガールズ」を観た方ならわかる通り、モータウン・レコードのドン、ベリー・ゴーディ・Jr.がダイアナ・ロスだけ前面に押し出す売り方に不満を募らせていたフローレンス・バラードが、諸々の問題とアル中に陥った事で解雇。フローレンス・バラードは正に!これから空前のディスコブームが世界で吹き荒れる前夜、1976年に死亡。

一方、ザ・シュープリームスはフローレンスに代わりシンディ・バードソングが加入、グループ名も更に大胆に!ダイアナ・ロス&ザ・シュープリームスにかえた、こちらはそのメンバーによる、ダイアナ・ロス&ザ・シュープリームス名義の1968年発表の「ラブ・チャイルド」(Love Child)。チャチャですね。

結局、ダイアナ・ロスはこの翌年、グループを脱退、ソロ歌手として70年代もその人ありになるわけですが、ダイアナ・ロスの代わりにジーン・テレルを加え、唯一のデビュー時オリジナルメンバーのメアリー・ウィルソンをリーダーに、1970年代初頭には踊り場ヒット「ストーン・ラブ」など放ちましたが、フィラデルフィアで台頭してきた同じ女性三人組のスリー・ディグリーズに人気を奪われていた感は否めず、度重なるメンバーチェンジ後、いち早く離脱した(解雇)オリジナルメンバーのフローレンス・バラードの死の翌1977年、最後のオリジナルメンバーだったメアリー・ウィルソンが独立。

ザ・シュープリームの栄光の歴史は、ここで終っております(メンバーを替えたり、再結成企画など、どれも上手くいってはおりませんが、アメリカショービジネスらしく、活動は今も続いてるようですが)。

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posted by 麻呂 at 17:10| シュープリームス ダイアナ・ロス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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