2013年03月06日

スモーキー・ロビンソンが抜けた後の踊り場のみのヒットだった ドゥ・イット・ベイビー ミラクルズ DO IT BABY, MIRACLES





ショッピングカートASP業界でNo.1の店舗数 カラーミーショップ


作曲家でもありモータウン・レコード副社長のスモーキー・ロビンソンがソロ活動に入り、グループを抜けて代わりに入った、ファルセットボイスのビリー・グリフィンの最初の、わりとアメリカでは大きなヒット曲だったのが、1974年発表、こちら「ドゥ・イット・ベイビー」(DO IT BABY)でした。

まあ、この数年後のAORとかフュージョンとか日本のニューミュージックは、だいたいこの当時のニューソウル、ニューファンクのグルーヴ、サウンドメイキングを、良く言えば踏襲していたわけですが、特にここ10数年で当サイト運営者が体感してるのは、安室奈美恵さん等の小室哲哉サウンドで子供時代を過ごし、和製R&Bブーム時代に思春期時代を過ごしたであろう今の30代の方の方が、リアルタイム空前の和製ふぉーくブーム、アイドルブームに若者だった50代の層より、この当時や60年代のR&B、もっと古いブルース(ジャズも)等、詳しい方が多い。

面白い現象が起きてるなーなんて、感じております。

リアルタイム、踊り場フリークだった、とっぽい連中、つっぱり坊やズべ公には、こちらミラクルズの「ドゥ・イット・ベイビー」(DO IT BABY)は人気曲だったわりに、「踊りずらい」のでしょうか?あまり踊り場で、がんがんに使われていたという記憶が、当サイト運営者は残念ながらなく(使われてはおりましたが)、昨今のダンクライベントでも、あまり聴いた事がないわけで、私的な想い出では当時、少し年上の先輩方のシャコタンの車内の中で、弁当箱のようにでかい!8トラックのカーステレオテープから流れてたのを、思いだす曲であります(笑)。

ちなみにこの翌75年!今もダンクラファンに人気の高い「ラブマシーン」が発表され、76年、日本の踊り場、ディスコで人気になったわけですね。







posted by 麻呂 at 17:11| ミラクルズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ぴかぴか(新しい)こちらもおススメでするんるん