2013年02月18日

性別と肌の色、音楽のジャンルを超越したグループだったスライ&ザ・ファミリーストーンのサンキュー Thank you / Sly & the Family Stone LIVE ! on soul train





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1970年代半ばから、1980年前後の空前の!ディスコブームの頃には、完全に忘れられ過去の人になってしまったので、1980年前後のディスコサウンドファンには知名度が低い、というか知らない人が多いのが残念でならない、1960年代半ばから後半、アメリカ、カリフォルニアでDJをやり、曲作りや音楽プロデューサーをやり、シンガーもやり、そして!スライ&ザ・ファミリーストーンを結成したスライストーンが音楽界に与えた影響力というのは凄まじいものがありました。

観ての通り、スライ&ザ・ファミリーストーンは黒人白人男性女性、混成バンドであり、スライがデビューした1967年は未だ!アメリカで「黒人公民権」が施行されてから僅か3年しか経過しておらず、「黒人公民権」の立役者のキング牧師が暗殺されるのは翌1968年(関わっていたケネディ暗殺は1963年)、同じく黒人解放運動で有名なマルコムXが暗殺されたのが1965年と、アメリカには未だ未だ黒人白人の人種の隔たり、又、様々な危険が満ちていた時代で、まあ、今や当たり前ですが、肌の色と性別を壁を撤廃したバンドなわけであります。



更に!ロックのサイケデリック、電子楽器をファンク、R&Bの世界に導入したグループで、その影響はジャズのマイルス・デイビスやモータウン・レコードにも波及。この後のジャズのクロスオーバー化や、ニューソウル、ニューファンクにも多大な影響を与えた、もっと言えばレッド・ホット・チリペッパーズ登場以降の、ファンクとヒップホップを、パンク・ロックやハードロックなどと混ぜ合わせたミクスチャー・ロックの、ジミ・ヘンドリックス同様、元祖と言えるグループだったわけであります。

又、近年、その奏法は「スラップ」で統一されてるようですが、70年代のニューファンク、ブラックコンテンポラリー(ブラコン)、クロスオーバー、そして80年代初頭のフュージョンブームの頃、もてはやされたベースの「チョッパー奏法」の、おそらく初めての大ヒット曲が、こちら、スライ&ザ・ファミリーストーン時代のラリー・グラハムが奏でた、こちら1970年代初頭、日本の踊り場でそれなりに人気のあった「サンキュー」(Thank you)だったと、当サイト運営者は記憶しております。

まあ、スライストーンの麻薬依存等、諸々のトラブルの末、そのラリー・グラハムはバンドを脱退。自身のバンド、こちらも70年代中期頃までコアなファンクファン、プレイヤーサイドに圧倒的な人気を誇っていたグラハム・セントラル・ステーションを結成、Pファンク同様、今もコアなファンクファンには支持の高いバンドですが、スライの人気の停滞に変わって、70年代中期頃迄は、それなりにグラハム・セントラル・ステーションは踊り場ファン、当事のDJに人気の高いグループでありました。




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