2013年02月10日

シスコ・キッドと共に1970年代初頭の踊り場で人気だったウォーの ベイビー・ブラザー WAR - Me and baby brother





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ちょっと踊りずらいサウンドなのでしょうか?昨今のダンクライベントでも、あまり使われていないようなので、古の踊り場通いをしてた方ぐらいしか覚えがないかもしれない(ウォーファンは別にして)、ウォーの1973年のアルバム「DELIVER THE WORD」からのシングルカット、「ベイビー・ブラザー」(Me and baby brother)。

ウォーはグループサウンズブームの1960年代後半、ザ・ローリング・ストーンズと並び、とても日本でも人気の高かったジ・アニマルズ(日本にブルースロックを最初に広めたのは、この2バンドでしょう)のエリック・バートンが、新しい音楽を模索する為にアメリカはLAで結成したバンドという事もあり、当事のニューロックファンや、ラテン、ファンク、スカ、ジャズ、ロック、レゲエを融合したその多様な音楽性から、ジャズファンにも注目されていたバンドで、70年代中期、クロスオーバー路線が商業的に成功していなかったアース・ウインド&ファイヤーがウォーの前座でツアーをやっていたほど、ウォーは人気抜群のバンドでありました。




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思えばイギリス人のエリック・バートンがアメリカでウォーを結成した時期と、同じくイギリス人のジェフ・ベックが、第二期ジェフ・ベックグループのメンバー探しにアメリカに渡り、モータウン等のスタジオミュージッシャン達とセッションした時期はとても近く、ジェフはバートンと違い人材確保に失敗しイギリスに戻りますが、まあ、この時の絡みでスティーヴィー・ワンダーの「迷信」を後にジェフはレパートリーにしたり、第二期ジェフ・ベックグループのアルバムでは、スタックス系のスティーヴ・クロッパー(映画ブルース・ブラザースでも同じみのギタリスト)をプロデュースに起用したりしており、結果的にウォーと同じ(スライ&ファミリーストーンも)、第二期ジェフ・ベックグループも白人黒人混成バンドになっていたのは、興味深いですね。

更に、ウォーの曲が踊り場で人気だった頃は、エリック・バートンとウォーは無関係であり(バートンがウォーを解雇)、ジェフ・ベックの第二期ジェフ・ベックグループも短命に終った所も、両者よく似ております。

まあ、ウォーも「踊るため」に企画され生産された欧州圏のディスコサウンド、白人のディスコサウンドが華やかなりし1980年代前後の空前のディスコブームの頃は、それ以前の人気が嘘のように、全く乗っていなかった典型的なバンドでもありました。





posted by 麻呂 at 17:13| ウォー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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