2013年01月05日

空前のディスコブーム時代の代表曲ともいえるドナ・サマーの ホットスタッフ Donna Summer- Hot Stuff





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2012年5月17日朝、フロリダ州でお亡くなりになりました、ドナ・サマー(享年63才)。

1980年前後の空前のディスコブームの頃、ディスコクィーンと名を馳せたドナ・サマーですがその芸歴は古く、1968年、ニューヨークの人気ミュージカル「ヘアー」(Hair)のオーディションに合格した所からはじまっており、こちら「ホット・スタッフ」(Hot Stuff) 「ホット・スタッフ」、「バッドガール」(Bad Girls)が連続大ヒットした(共に全米1位)1979年には、既に三十路を越えていたベテラン。

「ヘアー」(Hair)の海外ツアーに出演するため、一時ドイツへの移住を決めたドナ・サマーはソロ歌手としても活動していたそうですが、なかなか芽が出なかったそうですが、突然!転機が訪れます。

それは、後に日本でもお馴染みの映画「フラッシュダンス」「ネバーエンディング・ストーリー」「トップガン」の音楽を担当した、イタリアの音楽家、ジョルジオ・モロダーとの出会いで、ドナ・サマー=ミュンへンと一括りにされがちですが、ドナ・サマーは生粋のマサチューセッツ州ボストン生まれのアメリカンであり、彼女を見いだすのはミュンヘン(ドイツ)ではなく、イタリア人のジョルジオ・モロダー。

当サイトでも再三触れておりますが、案外、1980年代のユーロビート以前の70年代から、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スウェーデン等の欧州勢の巨大アメリカディスコマーケットへの進出というのは顕著で(よって日本も)、ドナ・サマーもアメリカンでありながら、そんなシンガーの一人だったと言えます。



ジョルジオらが手掛けた、多分、フランスの3番目の妻ジェーン・バーキンと「ジュテーム」を吹き込んだセルジュ・ゲンスブールの影響ではないか?と当サイト運営者は推測しております、かなり当時としては助平ソング、Hだった(笑)吐息ばりばりの「愛の誘惑」ラブ・トゥー・ラブ・ユー・ベイビーで1975年、踊り場、ディスコシーンにドナ・サマーは颯爽と登場!、、、ここまでミュージカル「ヘアー」(Hair)のオーディション合格から、7年も!時間があるわけで、全く!「売れる」というのは大変な事であります。

まあ、こちら「ホット・スタッフ」(Hot Stuff) 、「バッドガール」(Bad Girls)を連続全米1位にし、ディスコクィーンと時の人になる1979年まで、ちょっと「愛の誘惑」のディスコヒットから間が空きますが、コンスタントにアルバム、シングルはその間もドナ・サマーは発表しており、その地道な活動あっての1979年の大ブレイクと言えますね。

ちなみにこちら「ホット・スタッフ」(Hot Stuff)のリードギターソロは、ドゥービー・ブラザーズ、スティーリー・ダンでお馴染み!ジェフ(スカンク)・バクスターでございます。



posted by 麻呂 at 16:59| ドナサマー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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