2012年12月28日

白人のKCのイメージが強いけど、白人黒人混成バンドだったKC&ザ・サンシャイン・バンド ヴギーマン KC and the Sunshine Band - I'm Your Boogie Man [TopPop].VOB





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日本では「ファンキー・ホーン」で踊り場で名を馳せ、「ゲット・ダウン・トゥナイト」で一気に踊り場でブレイク、遂に「ザッツ・ザ・ウェイ」で踊り場は勿論、一般ポップチャートでも人気になり世間一般にも、ヒット曲3連ちゃんでKC&ザ・サンシャイン・バンドは有名になったわけで、この後の1970年代末から80年代初頭の空前のディスコブームに、KC&ザ・サンシャイン・バンドは人気絶頂で突入するわけです。

というか、黒人白人混合バンド、マイアミサウンドのKC&ザ・サンシャイン・バンドこそが!当サイト運営者は、踊り場からディスコブームに日本が流れ、そしてビージーズの「サタディナイト・フィーバー」(映画含む)で大ブレイクする牽引車だったと思っております。後世の人達に誤解されてますが、その牽引車ぶりはアース・ウインド&ファイヤーの比ではありません(笑)。



が!アース・ウインド&ファイヤーが空前のディスコブームの最中、クロスオーバーからファンク、そしてディスコサウンドに1970年末期から80年初頭は変貌し、更なる大ブレイクしたのと異なり、踊り場からディスコ、そしてその空前のディスコブーム突入の牽引車であったKC&ザ・サンシャイン・バンドは、アースとは異なり逆に人気は下降して行くわけで、「シェイク・ユア・ブーティ」とこちら「ヴギーマン」( Boogie Man)ぐらいまでの脅威の連続ヒット!、その人気はこのんの曲迄がピークだったのではなかったか?と記憶しております(昨今のダンクライベント、ケントスのライブでもKCはこのへんまでの曲が殆どです)。

「ディスコ・パーティ」あたりも、それなりに人気になっておりましたが、なんとなーくKCへの熱は以前に比べるとディスコフリーク達の間では冷めていたような記憶を、当サイト運営者は持っております(要は飽きられた)。少なくも日本でのKC&ザ・サンシャイン・バンドの人気のピークは「シェイク・ユア・ブーティ」「ヴギーマン」ぐらいまでだったと思っております。





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