2012年12月16日

フランス人ジャック・モラリが仕掛けたアメリカングループ、ヴィレッジ・ピープル初の大ヒット曲 サンフランシスコ San Francisco VILLAGE-PEOPLE 





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日本では未だゲイという言葉が一般的ではなかった時代、「おかま」ダンスが流行った1977年、ポップス史上初めて、ゲイ・イメージを表面に出し音楽活動を行い成功したグループと言って良いでしょう。ヴィレッジ・ピープル(Village People)初の!ヒットナンバーがこちら「サンフランシスコ」(San Francisco)。

ある種、キワモノのヴィレッジ・ピープルが一般的に知られるようになるのは、こちらもディスコで流行った1978年発表の「YMCA」を、1979年に西城秀樹氏が「ヤングマン・YMCA」として日本語で大ヒットさせてからで、昨今でもケントスでは人気曲でよく演奏されてますね。

でも、当時のディスコでもゲイもノンケも女性も外人も皆!大盛り上がりの曲、昨今のケントスでも「YMCA」はウケのよい曲のわりに、あまりコアな北米、アフリカンアメリカン系のR&B、ニューソウル、ニューファンクファンには支持されてない、ヴィレッジ・ピープルは代表的なグループの1つでもあります。



当サイトで何度も紹介している通り、ディスコブームがくる70年代末期から80年代初頭は、70年前後アンダーグラウンドシーンで盛り上がっていたR&Bでもなければ、70年代初頭こちらもアンダーグラウンドに盛り上がったニューソウルでもニューファンクでもない、完全にそれらとは異なる所謂「ディスコサウンド」が主流になっていたわけですが、そのとっかかり、そのへんの所謂「ディスコサウンド」に楽曲が変わって行くのが「サンフランシスコ」(San Francisco)や「ソウルドラキュラ」が流行った1976~1977年頃なわけです。

で、こちらも!当サイトで何度も紹介しておりますが、北米、アフリカンアメリカンのR&B、ニューソウル、ニューファンクが「軒を貸して母屋をとられる」ではないですが、そのグルーヴ、サウンドの方法論を、イギリス、イタリア、フランス、ドイツといった欧州勢が模倣した所謂「ディスコサウンド」が、アメリカでも日本でも80年代のユーロビート全盛時代に行く以前、既に70年代半ば頃から流行りだしていたわけで、こちらヴィレッジ・ピープルもアメリカのグループですが、フランス人音楽プロデューサーのジャック・モラリが仕掛け人。

この後の空前のディスコブームに突入する予兆を、世界の音楽業界もきっと感じていたのでしょう。最初から衣装はじめゲイを売り物にするのも、作戦のうち。溢れんばかりにディスコグループがデビューする中、ベテランR&B、ソウル、ファンクグループ、シンガーが目白押しの中、新規参入の新人が目立つ話題になるには、何か営業戦略をたてないと難しかったですから、それが見事にはまったと言えるでしょう(勿論、楽曲の良さがないと無理ですが)。



posted by 麻呂 at 16:13| ヴィレッジピープル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ぴかぴか(新しい)こちらもおススメでするんるん
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