2019年10月14日

日本では「スローハンド」がヒットしたポインターシスターズの、長兄は元プロ野球選手で、日本の球団にも在籍していた。


ポインターシスターズは70年代から活動していた姉妹グループ。

アメリカではヒット曲を放っていたようですが、70年代に日本でもお馴染みと言えるような、大きな踊り場、ディスコヒット曲は、そういう曲をやってなかったので、残念ながらありませんでした。

で、、、

こちら、空前のディスコブームの終焉時期、1981年、全米ビルボードチャート最高位3位の大ヒットを放った「スローハンド」(Slow Hand)。

これが日本でも売れ、ちょっと日本でも知られるようになったグループ。

ちなみにポインター家の長兄、アーロン・ポインターは、MLBのヒューストン・アストロズの野球選手でした。

MLBで3年過ごした後、日本の西鉄ライオンズ(今の西武ライオンズ)に1970年入団。

その名もポインター名義で、3年間日本でも活躍。

1970年はもう一人の外人、ボレスがホームラン28本。

ポインターが22本と、外人二人で50本、ホームランをかっ飛ばしてます。

時期的には若き東尾修氏等と、一緒にプレイしてました。









posted by 麻呂 at 16:40| アメリカ ファンク R&B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月11日

スリー・ディグリーズ 幸せの季節 The Three Degrees - Year of decision (Ruud's Extended Moulton Edit)



スリー・ディグリーズが、踊り場シーンで大人気だった頃、チャチャナンバーとして、人気だった1曲が、こちら「幸せの季節」。

思えば当時のスリー・ディグリーズの踊り場ヒット曲、、、

「ソウルトレインのテーマ」「荒野のならず者」「天使のささやき」、、、

そして「幸せの季節」と、みんなステップは、チャチャでしたね(笑)。

で、「幸せの季節」って「ソウルトレインのテーマ」「荒野のならず者」「天使のささやき」と違い、日本でシングルカットされてない。

アルバムの中の1曲を、当時のDJは探して使ってたんですから、やはり当時の踊り場のDJは、センスが良かったなーと、

つくづく思う今日この頃。

更に、凄いことにこのへんのスリーディグリーズの一連の踊り場ヒットって、1974年に集中してる事。

若きあの頃の1年の、なんと長かったことか(笑)、、、。



posted by 麻呂 at 08:28| スリーディグリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月06日

1970年代初頭から中期に踊り場で遊んで人には胸にしみいるナンバー! シャイ・ライツの「ハブ・ユー・シーン・ハー」(Have You Seen Her:邦題 恋は冷たく)



ザ・ドゥービー・ブラザーズのパット・シモンズが、1982年のドゥービーズ解散後(その後、再結成しますが)発表したソロアルバム「アーケード」(Arcade)。

シャイ・ライツの1971年の全米ヒットナンバー(日本では踊り場以外で流行ってなかったですが)、「ハブ・ユー・シーン・ハー」(Have You Seen Her:邦題 恋はつめたく)をカバーされてたのは、私的に当サイト運営者、とても!嬉しかった記憶があります。

この手の甘く切ないナンバーですと、1970年代初頭から中期に踊り場で遊んでた方にはフィラデルフィアソウル=フィリーソウルがお馴染みです。

が、こちらシャイ・ライツはノーザンソウル、シカゴのグループ。

まあ、フィリーソウルは1970年代初頭に大ブレイクしたわけですが、こちらノーザンソウル=シカゴソウルは、デトロイトのモータウン、メンフィスのスタックスと共に60年代のR&Bブーム期に華開いております(あくまでもアメリカで。日本ではリアルタイム、それほど売れてない)。

結成は1959年と、たいへん古い伝統あるグループ。

日本でも1990年代に一時人気だったMC・ハマーにも、こちら「ハブ・ユー・シーン・ハー」(Have You Seen Her)をカバーしており、ビヨンセもシャイ・ライツからの音楽的影響というのを、公表しておりますね。



posted by 麻呂 at 14:02| アメリカ ファンク R&B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
ぴかぴか(新しい)こちらもおススメでするんるん
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